アリス

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アリス

「ゴメン」  アリスは、少し離れてスマホを通話設定した。 「ハイ、もしもし……」  今までとは違いシリアスな声音だ。聞くとはなしにアリスの声だけが耳に届いた。 「私です……。ハイ、そうですか」  深刻な様子だ。声のトーンが低い。さっきまでとはまったく違う。 「わかりました。今、すぐ行きます」  通話を切ると急いで着替えをはじめた。 「あのォ、どなたからの電話ですか?」  近寄り難い雰囲気だが、気になって(たず)ねた。 「ちょっとね。病院から……」 「え、病院ですか……?」  そういえば着信画面を見たときから様子が変だった。こんな夜更けに連絡があるなんて誰か、容態でも悪いのだろうか。 「今からちょっと、行くから……。戸締まりして、当分帰って来ないかもしれないけど、荷物を預かっておいて」  アゴでキャリーバッグを差した。 「ええェ……、もちろんそれは構いませんけど。どなたか、具合が悪いんですか」 「そうね……。私の一番大事な人が」  アリスの大きな瞳が潤んていた。 「う、一番大事な人……?」  誰なんだろう。家族なのだろうか。 「じゃァ行くわ。カギをかけて良いからね」  玄関のドアを開けた。一気に蒸し暑い熱気が流れ込んだ。 「あ、大丈夫ですか。送りましょうか?」 「フフ、平気よ。彼が、私を置いて死ぬはずないんだから」  まるで自分自身に言い聞かすようにつぶやいた。 「アリスさん……」やはり彼氏なのか。病院にいるのは。 「ありがとう。ポチロー。ひさびさに笑ったよ」  そう言うとアリスはボクに抱きついてキスをした。 「ううゥ……」  ボクはただ立ち尽くし口づけを受けるだけだ。ドックンドックンと言う胸の高鳴りだけが耳に届いた。 「じゃァ」  アリスは振り切るように駆け出した。  深夜の廊下にアリスの足音だけが響いた。 「ううゥ……」茫然として見送った。  血のように紅い月が夜空に輝いている。  ボクはいつまでも彼女の背中を見つめていた。
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