11人が本棚に入れています
本棚に追加
アリス
「ゴメン」
アリスは、少し離れてスマホを通話設定した。
「ハイ、もしもし……」
今までとは違いシリアスな声音だ。聞くとはなしにアリスの声だけが耳に届いた。
「私です……。ハイ、そうですか」
深刻な様子だ。声のトーンが低い。さっきまでとはまったく違う。
「わかりました。今、すぐ行きます」
通話を切ると急いで着替えをはじめた。
「あのォ、どなたからの電話ですか?」
近寄り難い雰囲気だが、気になって訊ねた。
「ちょっとね。病院から……」
「え、病院ですか……?」
そういえば着信画面を見たときから様子が変だった。こんな夜更けに連絡があるなんて誰か、容態でも悪いのだろうか。
「今からちょっと、行くから……。戸締まりして、当分帰って来ないかもしれないけど、荷物を預かっておいて」
アゴでキャリーバッグを差した。
「ええェ……、もちろんそれは構いませんけど。どなたか、具合が悪いんですか」
「そうね……。私の一番大事な人が」
アリスの大きな瞳が潤んていた。
「う、一番大事な人……?」
誰なんだろう。家族なのだろうか。
「じゃァ行くわ。カギをかけて良いからね」
玄関のドアを開けた。一気に蒸し暑い熱気が流れ込んだ。
「あ、大丈夫ですか。送りましょうか?」
「フフ、平気よ。彼が、私を置いて死ぬはずないんだから」
まるで自分自身に言い聞かすようにつぶやいた。
「アリスさん……」やはり彼氏なのか。病院にいるのは。
「ありがとう。ポチロー。ひさびさに笑ったよ」
そう言うとアリスはボクに抱きついてキスをした。
「ううゥ……」
ボクはただ立ち尽くし口づけを受けるだけだ。ドックンドックンと言う胸の高鳴りだけが耳に届いた。
「じゃァ」
アリスは振り切るように駆け出した。
深夜の廊下にアリスの足音だけが響いた。
「ううゥ……」茫然として見送った。
血のように紅い月が夜空に輝いている。
ボクはいつまでも彼女の背中を見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!