2章 進化論その他の物語

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2章 進化論その他の物語

 本章では腐女子やBLを科学的に解き明かすための理論である総合ダーウィニズム、およびその周辺分野に触れていきます。  進化論は科学史上もっとも誤解を受けている理論だと思われますので、不安なかたは気になるトピックを拾い読みするだけでも価値があるはずです。社会ダーウィニズム、優生学、ナチスのホロコースト。これらはすべて進化論を誤用したために起こった忌むべき運動でした。  第二、第三のヒトラーやゴールトンにならないためにも、本章を通読し、読者自身で発展的な学習を進めていただければ幸甚です。  ただ思ったより長くなってしまったうえに、分子生物学にも触れざるをえなかったため、若干高度な内容になってしまっているパートもあります。時間のない読者は最悪、まるまる本章をオミットしてかまいません。  それでは早速見ていきましょう。 1 創造論からの脱却  まず創造論を支持している読者はいまこの瞬間、きれいさっぱり忘れてください。自信を持って断言します。です。生きものは神さまが造ったりなんかしていません。論駁は簡単にできます。  仮に神さまが「光あれ!」の一言で火曜日だか金曜日だかにたったの1日で生きものを創造したとしましょう。では聞きますが、その神さまはどなたがお造りになったのですか?  神さまは全知全能とされているし、そうでないとしても地球上の全生物をデザインしてしまうほどの能力を持っているのだから、既知の宇宙でもっとも複雑な存在であるのは確かです。そんな代物が偶然に発生するとは思えないので、誰かが造ったことになりますね。よろしい、それをプレ神さまと名づけましょう。  さてプレ神さまはどうにかして最初の神さまを造ったのでしょうが、全知全能の神さまを造るほど複雑なプレ神さまはどうやって誕生したのでしょうか。偶然発生したはずはないですよね。なんといっても創造論者は進化論を「偶然に頼りすぎた暴論」であると揶揄しています。  これはちゃんと進化論を勉強していない人のよくある誤解なのですが、そう主張するのなら神さまが偶然に発生したとは言えないはずです。偶然でないのなら神さまは進化によって誕生したか、誰かが造った以外に考えられません。定義上、前者であると創造論者は死んでも言えませんので、自動的に後者となります。  ええいちくしょう、プレ神さまは誰かが造ったにちがいない。あれ、ちょっと待ってください、これは永遠に後ろへ後ろへと不都合を先送りにしているだけでは? そうです、創造論の神さまとは n+1=0 の数式に呪われているのですね。nには神さまの世代が代入されるわけですが、この数式を満たす場合に限り、上述の〈無限の後退〉問題を回避できます。数式の解が1以上になる場合、代入した世代数値より後ろに少なくとも1柱、神さまがいることになりますから、。  たとえばわれわれの世界の神さまは第一世代ですので、1+1=2となり、後ろに1柱控えていることが判明します。もしわれわれの住む宇宙の後ろにもうひとつ宇宙があるのなら、ポスト宇宙の神さまは第二世代ですので2+1=3となり、2柱後ろに控えているのだとわかる。  即座にわかる通り、nの値は-1以外ありえません。創造論者にとってまことに都合の悪いことに、-1世代の神さまというのは要するに、存在しないという意味ですね。本エッセイで神の不在証明を取り扱うつもりはありませんが、小学生でもわかるレベルの四則演算で、神さまという概念がいかにバカげているかわかってしまったのでした。  念のためまとめておきましょう。創造論は〈無限の後退〉によって即座に棄却できる。したがってそれ以外に生物の多様性を説明する理論があるはずである。  それが進化論なのです。 2 専門用語について  さすがに進化論なんて見たことも聞いたこともない、という読者はいないでしょうから、ここではかいつまんで要点だけを整理していきます。要所にコラムを設けてフォローしていきますので、どうかしばらく辛抱してお付き合いください。  進化を学ぶにあたり、どうしてもいくつか覚えねばならない専門用語がございます。こればっかりはどうしようもない。それらは 適者生存 突然変異 自然淘汰 の3つですね。たったのこれだけです。どれも一度は聞いたことがあるかと思いますが、以下でそれぞれ解説していきましょう。 3 適者生存  地球最初の生命は38億年ほど前に誕生したとされています。それは生きものというよりほとんどウィルスに近い代物だったでしょう。原初生命はコモノートと呼ばれており、こいつから現在の動植物すべてが分岐していったのですね。  本エッセイではコモノートがどうやって誕生したかについて触れるのは避けます。あまりにも論争が紛糾しすぎていて、莫大な文字数を費やすことになってしまうからです。本節ではおそらくRNA(リボ核酸)を情報保存媒体にしたモノだったのだろうとだけ記しておきましょう。  さて単なる核酸みたいな代物が、どうやって魚やらカエルやら植物やら人間やらになったのでしょうか。まずは進化の定義をご紹介しておきます。    なんのこっちゃ? 例を挙げて説明しましょう。平均的な気温下でのみ生存可能な、猫のような生きものがいたとします。仮に〈平均猫〉としましょうか。彼らは暑くも寒くもない気候のもと、何世代ものんべんだらりと暮らしておりました。 〈平均猫〉のなかにはときおり、みんなと外見の異なる個体が生まれることがあります。毛が長くて不格好なやつらがそれです。連中は重くて暑苦しい長毛に難儀しながらも、QOLの低い生活を余儀なくされておりました。彼らはマイノリティであり、忘れたころに生まれてきては通常の〈平均猫〉たちにいじめられております。  同じ種でも個体のばらつきがあるのは周知の事実です。ヒトでも髭のほとんど生えないジャニーズ・ジュニアみたいな男がいるかと思えば、朝剃っても昼過ぎにはもううっすらと青くなり始める哀れな剛毛野郎もいます(白状すれば、脱毛する前のわたしのことです)。ここでの長毛種も種内の遺伝的ばらつきであるとご理解ください。  ある日直径10キロメートルを超える特大の隕石が落ちてきて、ユカタン半島あたりに衝突、核爆発の何千倍ものエネルギーが解放されました。その結果衝撃で舞い上がった砂や、森林火災で放出された煤煙が空を覆いつくし、太陽光の入射効率が75パーセントも落ちてしまった。平均気温は一気に30度近くも下がり、いまやカラリと晴れた真夏日でも氷点下3度前後という始末です。地球は寒冷化を迎えたのです。  さて先述の〈平均猫〉たちの運命はどうなるでしょうか。彼らは平均的な気温下でのみ生きられるのでした。したがって大幅に寒くなったポスト・隕石衝突後の世界では生存できません。寒さと餌の激減によって次々と死滅していき、絶滅は免れないかと思われました。  しかしよく見ると、ほんの一部の個体が生き残っています。そう、長毛をひきずって暮らしにくそうにしていた少数派の連中です。長い毛が体温の放散を防いでくれるおかげで、彼らは結果的に厳しい現環境に耐えられたのですね。  隕石の落ちてくる前、長毛はろくすっぽ役に立っていませんでした。それどころか暑苦しいし移動に支障をきたすしで、邪魔ですらあった。これは流行りません。真夏にダウンジャケットを着ているようなものですからね。でもいまや地球全体が南極大陸なみの気候になったのですから、長毛は抜きんでたアドバンテージになります。結果、どうなるか? 〈平均猫〉は長毛種のみになるのでしょう。だって生き残っているのが彼らだけなんですから。長毛種が子孫を残しても、生まれてくるのは(両親の特質を受け継ぐので)やはり長毛ですし、遺伝的変異で毛の長さが普通の個体が生まれたとしても、そいつは環境に耐えられずにすぐ死んでしまう。子孫はすべて長毛種にならざるをえない。  よろしいですか、! 定義をくり返しますよ。〈進化とは、その時点の環境に適応した生物が生き残ることで起こる〉。いまの例でいえば、その時点の環境とは寒冷化した地球ですね。適応した生物とは長毛の猫です。地球が寒くなったときに、生まれていた体温保存に適した長毛種が生き残る。結果として、〈平均猫〉は毛の長い別の動物に変貌するというわけですね。  ここで重要なのは、長毛種がいた、という点であります。動物は自分の身体を意識的に改造することはできません。われわれ人類の誰一人として、切断された手足をヒトデのように再生できる人間はいません。そうだったらどれだけよいかといくら願っても、ヒトのボディプランには大幅な自己再生機能が搭載されていないからです。 〈平均猫〉の例でも、長毛種はたまたま毛が長い状態で生まれたにすぎません。生まれたあとに毛を伸ばしたわけではないし、まして両親が寒冷化を予想して長毛の子どもを産み分けたはずはない。あくまで偶然が重なった結果、長毛種が生き残り、それが進化につながったのですね。  以上のケーススタディからなにがわかるでしょうか。真っ先に思い浮かぶのは、西洋圏内でいまだに根強く残る進化の階梯説ですね。生物は下等生物から順繰りに進化していき、しまいには高等な人間になるよう運命づけられているという主張です。  ある生物Aから生物Bが分岐するには、必ずなんらかの隔離が必要です。前述の例では寒冷化という気候変動が〈平均猫〉の短毛種を皆殺しにしてしまったのですが、これは長毛種のみの楽園をお膳立てしたという意味で隔離とみなせます。  こんな例も考えられるでしょう。容易に越えられない高峰山脈に囲まれた盆地に暮らす生きものがいるとします。盆地ですから得られる資源には限りがありますね。餌の減少や個体数の増加などで新天地を目指さざるをえなくなった連中が、決死の山越えを敢行して成功したというようなケースはどうなるでしょう。  山越えをした個体群は新天地で自分たちの子孫を残していき、いっぽう盆地に残った連中も従来通り慎ましやかに生活していく。何十世代も経るにつれて、遺伝子はどうしたって少しずつ変異していきます。それは放射線や活性酸素によってもたらされるのですが、細かいことは気にしなくてよいです。とにかく変異は時間とともに蓄積されるとだけご理解ください。  数千年後、またもや盆地のほうでは個体数増えすぎ問題が出来しました。加えて例年からの天候不順で植物が育たず、このままではみんなが飢えて共倒れです。  そこで餌にありつけない一部の連中が、危険を承知で山越えをやらかしました。どうにか峠を越えた彼らは新天地がすでに入植ずみなのに驚きますが、それ以上にもはや、先住者と子孫を残せないことに気づくのですね。どれだけ生殖しても子孫が生まれない。先住者と新規参入者はもともと同じ種だったはずです。これはいったいどういうことなのでしょうか?  交尾しても子孫が生まれない、もしくは生まれても生殖能力を持たない個体しか生まれない場合、これは種が異なっているからだとされます。言葉を変えれば、交尾して子孫を残せるかどうかが種の判定に用いられている、ともいえる。  この例ではときが経つあいだに両者の遺伝基盤に変異が積み重なり、いまや両者がふたつの種に分岐してしまっていた、という解釈ですね。そうです、彼らは別の種へと進化したのであります!  前置きが長くなりましたが、こうした過程を踏んでいき、必然的に人類が誕生しなければならない特筆すべき理由がありますでしょうか? そうです、ないのです。生物が最終的に人間になるというのは、キリスト教的な人間絶対主義に基づいた誤解なのですね。わたしたちが人間である以上(そして巨大な脳を持つ以上)、ほかの動物たちに優越感を抱きたいのはわかるけれど、われわれはある程度偶然の産物であるという事実を潔く認めたいものです。  以上、本節は適者生存の解説でした。 補論 ボーイング旅客機は台風で製造できるか ※以下若干発展的な内容なので、本章を通読したあとの再読推奨。  ここまで読んだ初学者はこう考えるかもしれません。進化とは遺伝的変異も偶然なら、環境変化も偶然で、偶然に頼りすぎじゃね? つーか偶然で人間ができるとか無理じゃね? 確率どんだけ低いのよ?  しごくもっともな疑問です。実際イギリスの天文学者であるフレッド・ホイル卿も進化論には懐疑的で、次のような命題を遺しています。「進化とは台風一過の翌日に、クズ鉄置き場だった場所にボーイング旅客機が忽然と出現すると言っているに等しい」。  似たような主張にこんなのもあります。あなたが草原で石を拾ったのなら、それは(単純なので)自然の造形物だろう。だが時計を拾ったのなら、それは(非常に複雑なので)誰かが造ったものだろう。  どちらも偶然に頼りすぎる進化論は欠陥理論だと言いたいわけですね。では誤解を解いていきましょう。そもそも進化は漸進的な作用のはずです。なにも数年で進化が起こるなどとは誰も主張していませんし、起こるはずもない。  何百年、何千年、何万年の地質年代的なオーダーで考えていけば、短期間にはまず起こりえないような変異もいつかは起こるでしょう。コイン投げにおける大数の法則と同じです。10回程度の試行回数ならむしろ、表裏が規則正しく交互に出る可能性は低いですが、無限にコインフリップを続ければ、表と裏の出る確率は2分の1に収束していきます。どれだけ低い確率の事象も、試行回数さえ多ければいつかは実現するのですね。  進化は累積的なプロセスである点にもご留意ください。よく引き合いに出されるのが目ですね。目は驚くべき精巧さを誇る超精密機械であります。これほどの機能美を持つ器官が偶然だけでできるはずがない、という言いがかりは叩いても叩いてもきりがないほどです。創造論者はさらに畳みかけます。目は目としてちゃんと機能するまで役立たずなのだから、進化のしようがないではないか?  創造論者たちがなにを言いたいのかというと、こういうことです。自然淘汰は環境に適応できる変異を拾い上げ、それを優遇することで起こるはずだ。目は目として視力を得るまで使いものにならないので、そもそも自然淘汰に優遇されない。目が1回の突然変異でいきなり出現するなど確率的にいってありえない。したがって進化は起こらず、主が創造してのである!  確かに目の完成品が1回の変異でいきなり出来上がることはないでしょう。それはコツコツと少しずつ進化してきたはずです。創造論者はそのコツコツがおかしいとおっしゃるわけですね。だって目は完成品以外意味ないんだから。  では本当に目は完成品以外はガラクタなのでしょうか。目の走り的な器官とはおそらく、わずかな光を感知できる程度のものだったでしょう。それでも盲目よりは役に立ったはずです。なにも小難しい話ではなく、常識的な観点からもわかりそうなものです。わたしは裸眼視力が0.1の乱視ですが、それでも盲人よりは絶対的に有利でしょう。  ある形質が一度でも自然淘汰に優遇されれば、それは段階的にヴァージョン・アップしていくと思われます。目の萌芽を得た生きものは盲目の連中より有利ですから、自然淘汰に掬い上げられる。環境が目の萌芽器官を持つ生きもの一色になったのち、今度は物体の動きも感知できる突然変異が起きたとしましょう。それは(光を感知できる同種よりも)有利なので、当然優遇されますね。  これのくり返しです。途方もなく長い時間はかかるけれど、累積淘汰が働けばカメラのように精巧な目が(いつかは)出来上がるのですね。わたしには非常に自然なプロセスのように思えます。創造論者は自身の理解力の欠如を棚に上げ、なにかというとすぐ神さまへ短絡する悪い癖をそろそろ卒業したらいかがでしょうか。  結論は次の通りです。。 4 突然変異  3節の適者生存では〈平均猫〉という架空の動物が登場しました。〈平均猫〉には通常の毛の長さのものと、長毛の2種類がいるという仮定の話でしたね。ではそもそもなぜ同じ種族なのに、毛の長さがちがうのでしょうか。  現実の猫を考えてみてください。彼らは猫という単一の種であるにもかかわらず、三毛やキジトラ、茶トラにハチワレと実にバラエティに富んだ毛色をしていますね。いまやこうしたちがいが遺伝子によるものだという事実を知らない人はいないでしょう。毛色の相違は遺伝子の相違に起因する。ちょっと待ってください、これはなにも説明していないですよね。毛色を遺伝子に置換しただけで、今度は遺伝子がなぜ猫ごとに異なるのかを説明しなければならない。  それはもちろん、遺伝子が突然変異を起こすからです。またまたこれは単なる言葉の置換にすぎませんね。遺伝子のばらつきを突然変異という言葉に置き換えただけです。それを説明するためにはまず、遺伝子という(誰もが知っているのにほとんどの人が明確な意味を知らない)単語の定義をはっきりさせる必要があります。  。  ……読むのをやめる前にもう少し辛抱してお付き合いください。ちゃんと意味が通るように以下で解説していきます。 ① DNA  遺伝子を語るにはDNA(デオキシリボ核酸)に触れないわけにはいきません。DNAとは生きものが共通で使っている情報保存メモリであります。ここに当該生物の設計図が余すことなく記してあるのですね。この通りにアミノ酸を合成する技術さえあれば、ウサギでもヒツジでも人間でもメスを介さずに創造することができるでしょう。  あいにくそうした技術は存在しませんが、生物の体内ではそれが可能です。DNAはリンやら水素結合やら複雑な構造をしているけれど、大事なのはA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)という4つの塩基です。もうこれらの正式名称すら覚える必要はありません。4つの異なる塩基があり、これらがねじれながらずらっと並んでいるのがDNAだ、とご理解ください。どんな感じかというと、 AATCCGTGGACTTTGA という具合。見てわかる通り、完全なデジタル情報であります。  DNAとは、これらの記号がざっと30億個くらい並んだ圧縮ファイルのようなものです。二列ありますので合わせて60億塩基ですね。こんなアルファベッドのリストがどうやって人間の設計図になりうるんでしょうか。 ② アミノ酸  人間はタンパク質でできているとはよく聞きますよね。そのタンパク質を構成しているのがアミノ酸です。人間は20種類のアミノ酸をいろいろ組み合わせて機能性タンパク質を作っており、それらが人間という超精密な機械を動かしているわけです。 注 アミノ酸とは、アミノ基(-NH2)がついている化合物の総称です。この世界にはアミノ酸が無数に存在し、生きものは原初の段階で、20種類のみ限定して使うよう進化しました。  ではそのアミノ酸はどうやって作られるのでしょうか。ここで①項で登場した塩基が出てきます。3つの塩基が並ぶとひとつのアミノ酸ができます。たとえばAAAならリシンというアミノ酸に、CCGならプロリンというアミノ酸という具合。DNAとはアミノ酸がどのように製造されるかのコードリストだといえます(暇な人はネットで「遺伝暗号表」とでも検索してみてください)。  さてこのアミノ酸を製造するためには、DNAに記された塩基配列を写し取った指令書を作らねばなりません。DNAは生きもののマスタープランですので、これを直接使ったりするのはリスキーです。傷がつけばガンなどの疾病が発症しかねない。原本は細胞奥深くに保管しておき、コピーを使いたい。  そして実際、生きものはDNAをコピーした指令書を使っています。 ③ メッセンジャーRNA  その指令書とはずばり、メッセンジャーRNAのことであります。DNAは生物のマスタープランなのですが、なにせ38億年前から使っているので必要のない余分な情報が大量に書き込まれています。データ消去が任意にできないためです。パソコンでいえばROM(Read only memory)に近い。よくDNAで実際に使用されているのは5パーセント前後だという文句を聞くでしょう、あれはこうした意味です。  太古の昔からのジャンク情報が蓄積されているので、タンパク質を作るときは後工程のために情報をブラッシュアップします。95パーセントの不必要な情報を排除して連結し、タンパク質合成に必要な指令書の純情報をいったん作るのですね。塩基配列はDNA内に偏在しているので、まさに切った貼ったの世界であります(=スプライシング)。これを模式的に表せば、 DNA ■■■■□■■■■■□■■□■■■■■■■ ↓ スプライシング メッセンジャーRNA □□□ となります。■がいわゆるジャンクDNA、□がアミノ酸をコードしている塩基配列群ですね。そしてこの白い□こそが、なのであります。生物学でいうところの遺伝子とは要するに、〈アミノ酸をコードしている塩基配列〉だと定義できますね。  もうかなりうんざりしているでしょうが、もう少しだけお付き合いください。次は指令書が届けられる製造工場です。 ④ リボソーム  ③項で作られたメッセンジャーRNAは、リボソームという細胞内小器官へ届けられます。リボソームはまさにタンパク質製造工場であり、ここにメッセンジャーRNAが差し込まれて塩基配列を解読し、その並びにしたがってアミノ酸が次々と合成されていきます。  ②項でアミノ酸は3つの塩基でコードされていると書いたのを覚えておられるでしょうか。塩基は3つで1つのユニットで、これをコドンと呼びます。そうであるならば、自動的に1コドン=1アミノ酸になりますね。タンパク質製造のための遺伝子は通常1,000個程度の塩基配列で構成されているので、最終産物であるタンパク質は1,000/3=333個のアミノ酸が数珠つなぎになったもの、と解釈できます。  リボソームでは次から次へと塩基が読み込まれ、アミノ酸がガチャコンガチャコンと製造されていきます。アミノ酸はサブユニットとしてくっつき合い、ペプチドという単位になり、ペプチドがさらに寄り集まってポリペプチドになり、ポリペプチドが凝集してようやくタンパク質になるわけです。 ⑤ タンパク質  われわれの身体はタンパク質でできています。タンパク質とはアミノ酸を合成してできる物体の総称でしたね。酵素とか細胞の材料とか、タンパク質がなければわれわれは1秒たりとも生きていられません。  ①~④項で長々とこれが作られる過程を説明してまいりました。もうそれほど語ることもありません。タンパク質はDNAから発せられる製造指示の最終産物であります。それは身体に必要なので作られるのであり、身体の各部位でどんどん消費されます。いま読者が素人の書いたわかりづらい分子生物学の初歩を読んでいるあいだにも、体内では猛烈な勢いでタンパク質が作られ続けているのですね。  ここで一度情報を整理しておきましょう。①タンパク質は身体に必須の物質である、②タンパク質はいくつもの工程を経て生産される、③製造工程には決められたフローがある。③のフローは以下の通りですね。 DNA→スプライシング→メッセンジャーRNA→リボソーム→タンパク質  ちなみにタンパク質の構成要素は次の通りでした。 アミノ酸→ペプチド→ポリペプチド→タンパク質  最後にアミノ酸は塩基によってコードされているのでした。 A塩基+B塩基+C塩基=コドン 1コドン=1アミノ酸  生物は上記のような階層構造、および上意下達の製造指示にしたがってタンパク質を作り、全体の恒常性を保っているのです。 ⑥ようやく突然変異  やっとこの話題に触れる準備が整いました。突然変異とは、〈遺伝子がなんらかの理由で変わってしまう現象の総称〉であります。遺伝子はDNAという堅牢な保管庫に格納されているけれど、それでもさまざまな事象がDNA内の遺伝子を破壊しようと手ぐすね引いております。  原子炉での放射線被曝がなぜあかんのか、ご存じでしょうか? 放射線は非常に強烈なエネルギーを持っているので、人体を容易に貫通してDNAにまで達するのですね。その際に遺伝子が破壊され、タンパク質発現に支障をきたすようになるという理由です。そのほかにも活性酸素など無数のファクターがあるけれど、根本原因はただひとつ、遺伝子の破壊という結果があかんわけです。  ここまで通読された読者なら、遺伝子の破壊という言葉の具体的な意味にうすうす気づかれているのではないでしょうか。遺伝子とはタンパク質発現をコードする塩基配列群のことでしたね。遺伝子はある程度冗長性を確保してはいるけれど、そのうちの1塩基が破壊されただけで機能不全に陥ることもあります。  たとえば AUUCCGAUA という塩基配列の遺伝子があったとします。塩基は3つでひとつのアミノ酸をコードするのでした。したがって上記の配列はAUU=イソロイシン、CCG=プロリン、AUA=イソロイシンとなります(Uってなんぞ、と思った読者へ。TのチミンはDNA→メッセンジャーRNAの過程でUのウラシルに変化します。理由? ホントこれだけはいまだに存じておりません。どんな本を読んでも「TはUに変わる」としか書いてないので……)。  この遺伝子に放射線が照射され、先頭のAがUに変わったとしましょう(点突然変異(ポイント・ミューテーション))。変化後のリストは以下の通りです。 UUUCCGAUA  翻訳後のアミノ酸はUUU=フェニルアラニン、CCG=プロリン、AUA=イソロイシンです(つーかさっきから説明抜きでUUUがフェニルアラニンとか書いてあるけど意味わからん! と怒り狂っている読者へ。あなたは遺伝暗号表と検索するのを面倒くさがったのでしょう。いまからでも遅くないので検索してみてください。……しましたか? 塩基の並びがアミノ酸と対応しているので遺伝表と呼ばれているのです)。  最初のアミノ酸が全然別のものになっていることにご留意ください。構成メンバーが変わるとタンパク質は機能を失ってしまうことがよくあります。失わないこともあるけれど、これは実際に変異してみるまでわからない。たいていの場合、塩基ひとつが突然変異したくらいで全体が瓦解するほど人間はもろくないですが、実際にそうした例はあります。  フェニルケトン尿症、ハンティントン舞踏病などの病名を聞いたことがあるでしょう。これらはたったひとつの遺伝子が機能しなくなっただけで発症する、単一遺伝子を原因とする疾病であります。  車でいえば、エアロパーツなどの外装が壊れたくらいなら(見た目に問題こそあれど)走行に支障はありません。恥を捨てれば修理の必要すらないでしょう。対照的にエンジンやブレーキが壊れた場合、そのまま走らせることは不可能です。遺伝子の突然変異は壊れる部位によって影響があったりなかったりするとも考えられます。  突然変異とはミクロ視点でみれば、DNA、といえそうです。それがカスケード的に波及していき、アミノ酸の変異に、ペプチドの変異に、ポリペプチドの変異に、タンパク質の変異となって発現し、しまいには身体全体へと影響する可能性があるわけです。 ⑦ 生殖細胞、体細胞について  長ったらしい4節はこれで〆です。生殖細胞と体細胞の区別はよろしいでしょうか。生殖細胞は精子と卵子のことを指し、体細胞はそれ以外です。  体細胞の塩基がどれだけ変わっても、究極的には子孫になんの影響もありません。だって子どもは精子と卵子の合成物なんですから、皮膚細胞のDNAが紫外線でめちゃめちゃになっても未来のベイビーには無関係です。ただしいま生きているあなた自身には影響がある可能性は捨てきれません。皮膚ガンになって、「俺の未来のベイビーには関係ないからいいや」とは言っていられませんよね。  問題なのは生殖細胞の突然変異です。精子・卵子のDNAが変わった場合、子孫はそれをマスタープランとして自分の身体を作るわけですから、なんらかの影響があるでしょう。それはたいてい悪影響ですが、まれによい影響をもたらすこともあります。悪影響の場合は子孫の生存に不利に働き、よい影響の場合はその反対ですね。  。悪影響のほうは子孫が死ぬことで自動的に排除されるので、考慮する必要はありません。よい影響のほうこそわれわれはありがたがらなければならない。そうやって生きものは気の遠くなるような年月をかけて、いまの姿になったのです。よろしいですか、進化論でいうところの突然変異とは要するに、〈生殖細胞の塩基の変異〉を指すわけですね。  長々と申しわけなかったのですが、以上が突然変異の解説でした。 コラム 利己的な遺伝子  4節⑦項で触れた体細胞と生殖細胞について、もう少し考えてみましょう。  受精卵が卵割して一人前の赤ちゃんになっていく過程で、各細胞は手足や心臓などに分化していくわけですが、その際に生殖細胞になれなかった連中はそこでジ・エンドです。どうあがいても遺伝子を次世代に引き継ぐことはできません。それができるのは特権階級たる精子と卵子、この二者だけなのです。  読者は人間が遺伝子の乗り物だという話を聞いたことはないでしょうか。いまではこのフレーズの意味がわかったはずです。体細胞とは、大切な生殖細胞を守るための容れものにすぎないのです。人間の本体は身体ではなく、脳ですらなく、なんの意思も持たない精子と卵子に巣食う、DNAというデジタル情報なのであります。  われわれは生殖への飽くなき欲求を常にギラつかせています。なぜか? 自身の遺伝子をコピーするためです。考えてもみてください。あなたを構成しているDNAは38億年間前から途切れることなく引き継がれてきたのですよ。ヒトの死は避けられませんが、遺伝子は子孫を通じて連綿と引き継がれていく。  そうです、遺伝子は不死であり、われわれ人類は連中をコピーするため――すなわち遺伝子の不死性に協力するため、生殖へと駆り立てられている哀れな乗り物なのです。 5 自然淘汰  この用語を耳にしたことがない、という読者はまれかと思います。いっぽうあまりにも一般に膾炙しすぎたため、あらゆる誤解を受けている不遇の用語でもあります。  とはいえここまで2章に倦まずたゆまずお付き合いいただいた読者であれば、自然淘汰を理解する土台はすっかり整っているはずです。というかもう、すでに八割がた理解している状態に自然となっている、ともいえますが。  3節の適者生存で出てきた〈平均猫〉は、隕石による気候変動で在来種が寒さで全滅し、突然変異で長毛に生まれたマイノリティが生きながらえたのでした。この短いセンテンスに、いままでご紹介してきた用語のすべてが詰まっていますね。早速答え合わせをします。 長毛種が環境に適応して生き残る=適者生存 長毛種がまれに生まれる=突然変異 環境適応に失敗した在来種が絶滅する=自然淘汰  これにてほとんど自然淘汰の説明は完了しました。自然淘汰とは環境に適応できないザコがくたばることなのですね。換言すれば、適応できる優等生が生き残ることでもある。これをちょっと難しく表現してみましょう。  、環境に適応できない不利な個体を淘汰する》》。自然淘汰は厳格な裁判官であります。情状酌量や執行猶予はいっさいありえません。審査の対象はただひとつ、、これだけです。  ここまで読まれて、どう思われますか。ダーウィンは鬼の首を獲ったように生物の進化を解き明かしたと触れ回り、「種の起源」を出版したわけですが、自然淘汰ってそんなに難しい概念でしょうか? 強いやつが勝ち、弱いやつは負ける。これだけのことでは? その通りです。自然淘汰は冴えた小学生程度の学力があれば誰でも理解できる。ただ落とし穴は確かにあります。  誤解を避けるため、あえて何度も同じことを書きます。自然淘汰は現環境に適応できる生きものを優遇し、そうでない生きものを淘汰する。。弱肉強食とは、、ただこれだけのことですね。  確かにシマウマにとってライオンは敵対的な環境の一部なので、弱肉強食は進化と無関係ではないでしょう。シマウマは餌の有無や水の有無といった(真っ先に思いつく意味での)環境と戦いながら、同時にライオンやチーターなどの捕食者という(広義の意味での)環境とも戦わねばならない。弱肉強食は自然淘汰という包括概念の一部分といえるでしょう。  まだピンときていない読者のために具体例を示します。自然淘汰は環境にさえ適応できているのなら、どんな形態の生きものも優遇します。われわれは表面的な事象しか観察できないので、ガゼルを日々ぶち殺しているライオンがもっとも成功した動物だ、と誤解しがちです。彼らは百獣の王などと呼ばれていい気になっていますね。  ところが進化的な視点から見れば、連中は全然成功なんかしていません。入ってくるニュースを聞いてごらんなさい。ライオンの個体数が減っている、彼らを保護せよの一点張りでしょう。それは人間が環境を破壊したからだという主張もあるけれど、どのみち環境が少々破壊された程度で生き残れないようなら、そいつらは早晩くたばる運命なのです。  そうした意味で、わたしは動物保護という概念には否定的です。保護したところで何百年後かにはどうせ絶滅するからです。動物保護というのは結局、なのですね。仮にマラリア蚊やゴキブリが絶滅の危機に瀕しているとしたら、誰が彼らを救えと主張するでしょうか。動物保護なんて所詮、ごく一部の動物気ちがいが騒いでいるだけのワガママなのです。  それはそうと進化は何万年レベルの地質年代的なスケールで起こる、たいへんのんびりとしたプロセスでしたね。環境変化はたいていもっと早く起こります。つい1万年ほど前、地球は氷河期でした。それほど前でなくても15世紀あたりはマウンダー極小期といいまして、現代よりかなり寒かった時期があった。地球温暖化がなにによって起こっているかは不明だけれど、明らかに進化速度よりも早いスパンで気候変動は起こっています。  こうした激変する環境を生き延びられる生物とはなにか? ずばり、細菌やウィルスなどのごく単純なやつらなのですね。これが弱肉強食と自然淘汰のちがいであります。前者は単に種の戦闘能力を測る指標であり、後者は種の総合的な成功度を測る指標です。むろん後者こそが真の評価であることは論を俟ちません。  以上が自然淘汰の解説でした。 コラム 淘汰圧にさらされているのは  自然淘汰は環境に適応できる生きものとできない生きものを選別する。そこまではよい。ではいったいなにが裁かれているのでしょうか? 1960年代くらいまでは、淘汰を受ける単位は種そのものだとされていました。  読者も聞いたことがあるでしょう。レミングという鳥はしばしば崖から身を投げて集団自殺する習性があるのですが、それはレミングという種の存続のため、餌をほかの個体にいきわたらせるためにやっているという主張を。これを群淘汰理論と呼びます。  一見説得力がありそうに思えますが、どう考えてもおかしい。なぜ種などという人間が勝手に分類した単位のために、個体が命を捧げなければならないのでしょう。餌が足りているか足りていないか、レミングたちはどうやって判断するのでしょう。レミングの監督官がいて、統計をとっているのでしょうか。人類ですら中国とかのいい加減な国家は自国の正確な人口を把握していません。レミングはよほど優秀な政治家を起用していると思われます。  ダメ押しで群淘汰理論を論駁する定説をご紹介しましょう。仲間のために自殺するお人好しレミング集団がいたとします。突然変異や外部からの侵入によって、1匹でも自殺しない傲慢なレミングが紛れ込めばその時点でジ・エンドですね。傲慢なレミングは仲間たちが自殺していくのを尻目に餌を独り占めできるので、繁殖上有利になります。  生まれてくる子孫は親の傲慢さを受け継いでいるので、誰も自殺しません。当然子孫も恩恵を受ける。どんどん繁殖していく。しまいには律儀に自殺するレミングはいなくなってしまい、自分のことしか考えない利己的なレミング集団になってしまうのですね。この状態を進化的安定戦略と呼びます。  よろしい、群淘汰はまちがいだった。では淘汰圧は結局なにを対象にしているのか? 当然個体です。しかし個体というのは所詮遺伝子を守る盾でしかないのでした。ということはですよ。最終的に自然淘汰が優遇したり罰したりしているのは、遺伝子ではないのか? その通りです。。  わたしはさらに踏み込み、もしかしたら淘汰圧の対象はひとつひとつの塩基ではないか、とすら疑っていますね。だって塩基配列が遺伝子を構成しているのですから、突き詰めればそれが対象になっていたとしてもおかしくはない。まあその伝でいけば、最終的に原子核、陽子、クォークまで遡らねばならなくなるので、このあたりでやめておきましょう。 6 進化論まとめ  本当によくぞここまでお付き合いくださいました。あなたはいまやいっぱしの進化論者になっております。本節では簡潔に進化をまとめておきましょう。進化が起こるのは以下のような流れによってであります。 ①遺伝子の変異によって在来種とは異なる形質を持った個体群が生まれる(突然変異) ②環境の変化が起こる ③変化後の環境に適応した生きものが生き残り、そうでない生きものが排除される(適者生存・自然淘汰) ④淘汰されなかった生きものの遺伝子が環境に拡散し、定着する(進化)  上記のフローをうなずきながら読めるレベルの理解度に達していれば、わたしの使命は達成されたといえるでしょう。そうでない読者も心配する必要はありません。  あなたがちんぷんかんぷんなのは著者の解説のまずさに起因するものですし、2章を3~4割程度理解できていれば、本編である次章を楽しむのに不自由はしません。  まことにお疲れさまでした。もし本章を読んで進化論に興味が湧いた読者がおりましたら、巻末に参考文献を挙げておきますのでぜひ、発展学習にチャレンジしてみてください。
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