「簡単なお仕事です」

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「簡単なお仕事です」

 私がコールセンターの仕事に応募しようと思ったのは、今から10年以上前のことだ。当時の私は、大学卒業以来ずっと就きたかった職業を目指し続けていたものの、それを叶えることは難しい状況にあった。自分の実力不足を感じながらも諦めきれず、切れかけた細い糸にしがみついていた。有難くも、複数の勤務先で、目指す職業に繋がる仕事をいただいていたので、なおのこと踏ん切りが付かなかった。いただいた仕事は、やり甲斐のある大好きな仕事だったけれど、どの勤務先でも非正規雇用であり正社員採用ではなかった。毎月の収入はカツカツだった。それでも、なんとか暮らしていけた。  ところが2010年になって、仕事の一部がなくなってしまった。勤務先の1ヶ所で、私の働く領域から業務撤退することが決定したのだ。実は、その勤務先から得ていた賃金は総月収の1/3を占めており、近々に別の収入源を探さなければならなくなった。  他の勤務先での仕事を辞めたくなかったので、正社員雇用の就職活動に踏み切ることも出来ず、私はシフトに自由が利くアルバイトを探すことにした。そうして、2011年2月。とあるアルバイト誌で見つけたコールセンターの仕事に応募した。  それまで働いてきた業界では、私は先輩や知人の紹介で新規の仕事をいただいていた。信用と実績に基づいていたので採用試験の類はなく、面接もあってないようなもの――最初から採用ありきの「顔合わせ」しか行われなかった。  そんなわけで、採用の可否に繋がる説明会に足を運ぶのは、全く初めての経験だった。  2月中旬、昼間の仕事を終えた足で、勤務先から説明会の会場に向かった。市内中心部にある派遣会社の自社ビルの1階。案内された部屋の中には3人掛けの長テーブルとパイプ椅子が並び、100人くらいのキャパの内、1/4ほどが既に埋まっていた。採用担当者の女性は、私より若く見えた。まずは派遣という業務形態の説明、それから派遣先の企業での勤務内容の説明があり、一旦休憩。次に3~4人単位での簡単なグループワークを行い、その後は筆記の適性検査、パソコン操作と文字入力スキルのチェックと続き、最後に別室での個別面接があった。  この時の募集は、派遣先の企業では「繁忙期に伴う臨時募集」で、主に2・3月の短期勤務を想定していた。勤務曜日・勤務時間のシフトは30パターンくらいあったけれど、出来るだけ多くのパターンで働ける方が採用される可能性が高いだろう。私は説明会で書かされた「勤務可能シフト調査書」に、最長22時までの夜間シフトも勤務可能として提出した。後に分かったことだが、この時採用されたのは約40名中20名強で、土日勤務または夜間シフト勤務が可能だった人だけが選ばれていた。 【未経験・初心者大歓迎! お客様からの問い合わせに、パソコン画面を見ながら答えるだけの簡単なお仕事です!】 【研修期間アリ! 丁寧なサポート体制があるので、初めての方でも安心して働けます!】 【Wワークも可! 選べるシフトは30種類! 週3日、1日4時間から働けます!】  アルバイト誌に踊っていた謳い文句に嘘はない。けれども、語られていない業務内容が多々あることも事実。募集段階でそれを語らないのも、もちろん求人募集の常套手段だ。それを私が痛感するのは、もう少しあとのことである――。
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