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旅の途中
気がつくと先生の『死』から一年と過ぎていた。
月日はあっという間に流れて私達を待ってはくれない。
お金も日々なくなっていく。
気持ちは焦りながらどうしたらいいのか考えるが、
もう、医療の仕事には戻りたくないと思ってしまった。
ここまで、頑張ってきてもうやり残したことはないと感じてしまったのだ。
心も大きなダメージを受けて弱くなってしまったのか
あまり人とも接したくないし、もう、ごちゃごちゃした人間関係は卒業したい。
だけれど、どうしたらいいかと考えた挙句
『電話』の仕事につくことにした。
電話の仕事と言っても医療系のコールセンター。
今までの経験が役にたつ気がしたし、興味があったから思い切って応募してみたのだ。
なんと言っても、電話相手と自分だけ。
同じ職場の人とは直接業務で関わることもないからお互いの『こだわり』とか『こういうやり方のほうがいい』とか言われることもないから良さそうな気がしている。
人は、自分も含め夫々が自分自身の世界の中に正義をもって生きている。
昔は、わからなかったけれど、
自分の世界では正しくても、相手の世界の中では『悪』になる場合もある。
お互いの世界の『正義』をぶつけ合うからやがて深い闇の世界へと堕ちていくのだ。
そして、足の引っ張り合い。
『やられたらやり返す』『目には目を歯には歯を』と永遠にループされるんだと。
今までの出来事で身をもって振り返り理解した。
自分だけの気持ちを押しつけるだけでなく、相手の気持ちも受け止めて尊重する。
相手の良いところ、共感するところを褒めたり教えてもらったりしたら、新しい世界が広がるんではないかと。
家に引きこもり生活を続けていて何も考えてないなぁ〜なんて思っていたけれど、案外考えていた。
『やるじゃん!私!』
そんな自分を褒めてあげようと
もう1人の私を抱きしめる。
♢♢♢♢
コールセンターの仕事は、トントン拍子に決まって家から近い所で勤務することになった。
最初は、心配だった。何が心配なのかって?
それは、心から電話が嫌いなのだ。
電話で話すことが本当に嫌いで、嫌にならないかすごく心配だった。
プライベートでもよく電話をかけてくる妹にメールでいいと伝えていつも怒られる。
身内の電話であっても嫌なのだ……
普段、周りの友人やら夫なんかもわりとメールで済んでしまうので電話をかけない習慣に慣れてしまっている。
♢♢♢♢
コールセンターで働いてみると、思ってた以上に楽しくて、色々な年代の方々が働いていて
ひとりひとりの話を聞くのがとても楽しい。
初めて配属された所は、みんなスタートが一緒で
早番遅番と分かれていて同じ時間帯の人ならば、休憩に行くこともできる。
休憩時間もいつも同じ所に集まるので
皆でたわいもない世間話をして過ごしている。
今までいた世界とは別の世界へ迷い込んでしまったかのように思えるほど、嫌なこともなく毎日笑って過ごしている。
今までいた世界が嘘のように、自分の周りに人が集まる。
『光と闇』と言ってしまえるほど変化した環境。常に光につつまれている感覚もあるほどに、ダークな感情はそこら中に渦巻いていない。
そう、言いきれてしまえる程に。
そんなにも、イメージされてしまうほど、前の環境が悪い印象だったのだろう。
一緒に働く人達は、年代もバラバラで夫々の人生を歩んでいるのだと日々元気を貰えている。
こういう日々が少しずつ
私の心の回復へと向かっていっている。
若い子達も才能がある子がたくさんいて
またまた『負けていられないぞ』と勇気づけられるし、みんな一生懸命に生きようと日々の状況に立ち向かっている。
とても不器用で人と接するのが苦手、コミュニケーション能力が著しく低いと感じていたけれど
周りの人達から
『誰とでも話せるよね』とか『話しやすい』とか『優しい』とか色々褒められることばかり言われるし、初対面の人にも気軽に話しかけてもらえたりもする。
驚きを隠せない毎日、ワクワクの連続。
本当に周りの人達がとても優しくて、私のありのままを受け止めてくれるから楽しく過ごせているんだと感謝の日々。
──長い間、人と接するのも
──自分から話しかけたり一緒に行動するのも
『大嫌いだった』
ひとりで行動していた方が楽だし、人の面倒なことや陰口なんかは本当にうんざりで、誰にも関わりたくなかった。
そんな私だったのだ。
先生の『死』から月日は一年もの歳月がたち
その『死』と向き合い、心にふれ、昔を振り返り
新しい世界の人達と過ごすうちに
今更、気づかされた。
『私は人が好きだ!』
『本当は人と関わって生きていきたかったのだと』
どんなに辛い環境だろうと
どんなに何も変わりばえしない環境だろうと
どんなに過酷な環境だろうと
この命がある限り私達の旅は続いていく。
まだまだ私達は旅の途中。
これからどんな人達と出逢いどんな冒険、航海が待っているのだろうか……?
おわり
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