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1-1 足音は彷徨す
「すっかり錆びついちゃいましてね」
頭部と思われるフードの膨らみをかきながら、死神は言った。
「だって使う機会なんてないでしょう。気付いたら赤錆だらけで」
恐らく苦笑いを浮かべている顔のない相手に、東雲彰は「ふうん」と鼻を鳴らした。「使わないなら、わざわざ買い替える必要あるのかねえ」
カウンターの内側でパソコンの画面から目を離さない彰に、顔のない死神は身を乗り出す。黒いローブを纏っている死神は、がりがりの白い手足を持つてるてる坊主のようだ。フードの奥は真っ暗で顔らしきものは見えない。それなのに声だけははっきりと聞こえる。
「それがこの前、仕事中に言われましてね。人間に。その鎌、錆びてますねって。もう穴があったら入りたいとはこのことですよ」
「それなら鎌なんて持たなきゃいいだけじゃねえか」
「そんなのサマになりませんて。黒いローブに銀色の鎌。これが死神ってもんじゃないですか。なのに錆びた鎌なんて、面目丸潰れです」
ようやく彰は画面から顔を上げ、自分の顎を軽く撫でつつ考える。確かに、死神の鎌に滴っているのが血ではなく赤錆というのは恰好がつかない。それに三十五年生きてきたが、死神の言う「死神」のイメージに変遷はないように思う。いくら幼女や女子高生が死神だという漫画やアニメが出てこようとも、根幹にあるものは当分変わらないだろう。死神といえば大きな鎌。しかし店に鎌の在庫があっただろうか。
十二畳ほどの小さな店内は薄暗く、三面の壁に据えられた戸棚の中には、古今東西様々な曰く付きの品がぎっしりと並んでいる。カウンターの脇には隣室への扉、右手の壁にも扉、正面には異形の者だけが通れる出入口の扉がある。定休日は日曜日と水曜日。それと祝日。あとは店主の気まぐれ。
「在庫があったかな……」
「ええっ、ないんですか!」彰の呟きに死神が大仰な声をあげた。「ここならあると踏んできたんですけど」
勢い込む死神を手で制し、「なあ、ハル」と彰は声をかけた。
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