カラス

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 真也(しんや)は都内に住む会社員。先月、会社の同僚の敦子(あつこ)と結婚したばかりだ。まだ子供はないものの、いつか作りたいと思っている。  今日も真也は仕事に出かける。今日頑張れば明日は休みだ。明日は妻と過ごす休日だ。そう思うと気分が良くなる。 「もう1年か・・・」  真也は政子の写真を見た。政子は去年、乳がんで若くして亡くなった。ありとあらゆる治療はしたものの、治らなかった。もっと一緒に生きたかったのに。その時、真也はとても信じられなかった。こんなに若くして政子が死ぬなんて。 「政子、行ってくるからな」  真也は外に出た。そこには1羽の黒いカラスがいる。そのカラスはじっと真也を見ている。ごみを狙っているんだろうか? 「あっ、カラス・・・」  真也は首をかしげた。そのカラスは昨日もここにいた。偶然だろうか? それとも真也を狙てっているんだろうか? 「昨日もいたなー」  真也は目もくれずに家を出た。それでもカラスはその様子をじっと見ている。まるで真也の事を知っているようだ。 「どうしてずっと見てるんだろう」  真也はそのまま車に乗り、職場に向かった。カラスは追いかけることなく、真也の家をじっと見ている。  その後、カラスは真也の車をじっと見始めた。カラスは何かを考えているようだ。  夜になって、真也は家に戻ってきた。今年購入したマイホーム。明かりはとても暖かい気分になる。やがて子供が生まれた時にはもっと暖かい気分になれるだろう。 「ただいま」  真也は玄関で靴を脱ぎ、廊下に上がった。すると、敦子がやって来た。敦子はお腹が大きい。妊娠7か月だ。父親になるのが待ち遠しい。子供ができて、楽しい家庭を築く。そのための第一歩まであと少しだ。 「はぁ・・・」  真也はやはりあのカラスが気になるようだ。不吉な予感の前触れだろうか? これから子供が生まれて幸せな家庭を築こうというのに。できればもう見られたくないな。 「どうしたの?」  敦子は深夜の表情が気になった。ここ最近、こんな表情ばかりだ。何かに悩んでいるようだ。 「最近、朝、カラスに見られてるんだ」 「そうなの」  敦子は首をかしげた。どうしてカラスが見ているんだろう。不吉だな。 「不吉な何かの象徴かな?」 「どうだろう。できればそうであってほしくないね」  敦子も心配した。これから幸せな日々を送ろうというのに。もう見てほしくない。いなくなってほしい。  晩ごはんで真也はビールを飲んでいる。普通だったら敦子も飲むが、妊娠中なので飲んでいない。残念だけど、やがて生まれてくる子供のためだ。我慢しよう。 「もうすぐ子供が生まれるね」 「うん」  真也は少し酔っている。だが、まだ意識ははっきりとしている。色々辛い事があったけど、飲んで今日は忘れよう。酒は気持ちをリセットするためにあるのだから。 「楽しみだね」 「ああ。政子にも見せたかったな」  真也は天井を見上げた。天井の先には空がある。きっと政子が天国から見守っているはずだ。今、政子はどんな気持ちなんだろう。子供を抱きたいと思っているんだろうか? 「そうね。去年死んじゃったけど、きっと政子の生まれ変わりだと思って育てようよ」 「ああ」  真也は敦子のお腹をさすった。鼓動は聞こえなくても、温もりは伝わってくる。いい子に育ってほしいな。そして、偉い人になってほしいな。  その夜、寝室のベランダから空を見上げた。政子の姿はない。だけど、空の上の天国から政子が見守っているだろうな。会いたくても会えない。俺は政子の分まで生きなければならない。そして、その人生を全うしたら天国で政子に会いたいな。 「政子・・・」  真也は時計を見た。もう11時だ。夜も遅い。もう寝よう。明日は休みだけど、しっかりと体を休めるためにも寝よう。きっと政子も天国で寝ているだろう。幸せそうな寝顔なんだろうな。  真也はベッドに横になり、そして眠りに入った。きっと明日はいい事が起きると信じながら。  その夜、真也は病室にいる夢を見た。病室のベッドにいるのは政子だ。乳がんが進行して、かなり衰弱していた。もういつ死んでもおかしくないぐらいだ。両親は泣いている。母は両手で政子の手を握り締めている。  こん睡状態が続いていた政子が目を覚ました。政子は何かを言いたそうだ。何を言いたんだろう。真也は反応した。 「お兄ちゃん、先に天国に行ってごめんね。私、生まれ変わったら、鳥になりたいな。そして、お兄ちゃんをいつまでも見守っていたいな」  政子は度々言っていた。もし生まれ変わるなら、鳥になりたいな。鳥になって風のように大空を飛びたいな。何の病気に悩まされずに、鳥に慣れたらどんなに幸せだろうか。  その直後、政子は涙を流し、目を閉じた。そして、政子の手は冷たくなった。こうして政子は短い生涯を閉じた。今見ても泣けてくる。  その時、真也は思った。ここ最近自分をよく見ていたカラスはひょっとして政子の生まれ変わりだろうか? どうして自分は無視していたんだろう。政子の生まれ変わりかもしれないのに。  翌朝、真也は目を覚ました。天気は快晴だ。今日もまた素敵が1日が始まるだろう。 「夢か・・・」  と、真也は夢の事が気になった。あのカラスはどうしているんだろう。起きてすぐ、真也は部屋を出て、1階に向かった。何としてもあのカラスに会いたいな。 「まさか、あのカラス!」  真也は玄関を出た。まだ早朝で、誰も起きていない。静かだ。  真也は門を出て、辺りを見渡した。だが、カラスはいない。どこに行ったんだろう。どこか遠い所に行ったんだろうか?  真也は道路をよく見た。すると、1羽のカラスが死んでいる。ボウガンで頭を狙われたんだろう。誰がそんなひどい事をしたんだろう。 「あれっ、死んでる・・・」  その瞬間、真也は泣き崩れた。どうして僕はわからなかったんだろう。政子がそこにいるかもしれないのに。政子、気づかなくてごめんな。こんなお兄ちゃんを許してね。 「わからなくて、ごめんな、政子」  その時、目の前に光が差し込み、美しい女性が現れた。政子だ。ウェディングドレスのような白い服を着ている。まるで天使のようだ。 「お兄ちゃん・・・」  その時、真也は確信した。やはりあの時、自分を見ていたカラスは政子だったんだ。なんて自分はひどい事をしてしまったんだろう。 「政子! 君だとわからなくてごめんな」  真也は政子に抱きついた。政子は泣きそうな真也の頭を撫でた。政子は穏やかな表情だ。 「やっとわかってくれたんだね。それだけでも十分だよ。私、鳥になれたんだから。もし生まれ変わったら、あなたの子供に生まれたいな」 「いいじゃない、期待してるよ」  真也はいつの間にか泣いていた。もうすぐ初めての子供が生まれる。それはきっと政子の生まれ変わりだ。政子が生きられなかった分も含めて力強く生きてほしいな。 「お兄ちゃんといた日々、大切にするよ」 「ありがとう」  すると、政子の頭に天使の輪が現れた。そして、背中からは天使の羽が生えてきた。これから政子は天国に行くと思われる。 「さようなら」  そうして、政子は天国へと旅立っていった。真也は空をじっと見ている。やがて政子は見えなくなった。そこには雲1つない青空が広がっている。ここにいるのは家族だけじゃない。政子もいる。そう思うと、少し気持ちが温かく感じた。
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