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メリットデメリット
「佐藤さんたちは、新しいターゲットを見つけるまで、私への悪意を止めないと思ってる。正面切って『やめてくれない?』って言っても、逆上するだけ。あとから『折原さんに脅された』とか言うに決まってる。今までは私一人の事だったから我慢できていたけど、大切な家族をバカにされたり、探られて迷惑をかけられたら、きっと私はぶち切れると思う」
「分かるよ」
正樹が溜め息をつき、私の後頭部を撫でる。
「『訴えるからいい』とかじゃなくて、そうならないようにしたい。慎也と正樹を巻き添えにして嫌な思いをするぐらいなら、今の会社を辞めてもいいと思ってる。大好きな二人の事は、プラスの感情で考えていたい。ずっと『巻き添えにして申し訳ない』とか気にしたくない」
「うん……、気持ちは分かった」
慎也が落ち着かせるように、私の太腿に手を置く。
「辞めるつもりなら、ぶっちゃけどこに就職してもいいんだけどね。多分、私のスキルなら、どこに行ってもやっていけそうって思ってる。その中の選択肢に、二人の所はアリなのかな? どうなのかな? って思った程度。雇ってほしいってお願いしてるんじゃなくて……。可能性的にどうかな? と」
「うん、じゃあ一緒に考えていこっか」
正樹が言い、タブレットをまた持つと、表計算アプリを立ち上げ音声入力にする。
「メリットデメリット、疑問点、課題点」
彼が言うと、画面にスラスラと文字が書かれていく。
「じゃあ、俺たちの会社に勤めた場合のメリットは……。まあ、単純に俺らが嬉しいよね」
「だね」
雑談をしながら、正樹はタッチペンで慎也の言ったメリットを書いていく。
「何かがあっても、すぐに対応できる」
慎也の言葉を聞き、私はどうしても生じてしまうデメリットを口にする。
「デメリットは、周囲にプライベートがバレた場合、公私混同しているって言われる可能性が高いよね。それなら、今の会社にいてもあまり変わらない」
「解決策は?」
慎也に言われ、私は考える。
「慎也と結婚してるってバレないように、同じ会社でも別のビルに勤める」
「うん、ありだね」
正樹が言い、慎也が頷く。
「でもそうなると、ワクワクルンルン的なメリットがなくなるね」
正樹が自分が出したデメリットで、メリットを打ち消す。
「だなー……」
慎也が残念そうに頷く。
「まず、嫉妬されるデメリットが一番強い。平社員として働くとして、なるべく職場では役員の夫に会いたくない。結婚して苗字が久賀城になったら、嫌でも周囲にバレる。かといって、E&Eフーズにいた慎也みたいに、偽名を使ってまで隠すものか? とも思う」
「確かに」
正樹が同意する。
「慎也が久賀城の御曹司とバレるのを面倒臭がっていたのと、私の事情とは少し質が違うよね。〝岬慎也〟は若くていつ転職してもおかしくない立場で、その正体がバレれば周囲から嫉妬され、または女性社員から色目を使われた。……まぁ、バレてなくても色目は使われていたけど」
私の言葉を聞き、慎也が肩をすくめた。
「今までは大企業の御曹司だから、E&Eフーズにもメリットがあって、色々自由にできたんだと思う。男性だから……という言い方はアレだけど、慎也だからこそ身軽な行動が取れたんじゃないかな」
「それはあるな。基本的に若い独身男って自由だし」
慎也が苦笑いし、テーブルに足をのせる。
「それに引き換え、私は結婚していて〝久賀城〟の苗字を使うのが当たり前になる。仮名を使ったとしても、どこからどう漏れるか分からない。社内で二人に接触しないで働いたとして、直属の上司以外に隠しきれたとしても、〝秘密主義の折原さん〟がどこまで続くかな? って不安はある。そもそも結婚式に久賀城ホールディングスに関係する経営者とか、偉い人が一杯来るなら、どこかで声を掛けられる可能性もあるんだよね」
「「あー……」」
二人が同時に声を出す。
そのあとしばらく三人で考えていたけれど、不意に正樹が口を開く。
「そもそもなんだけどさ、慎也って今後の役職はどうするつもり?」
「いや……。中途採用同然のボンボンが入社して、いきなり役員になったら他の役員の反感買うだろ。ある程度働いて、実力を示してからにしたいとは思ってるよ」
慎也がまともな事を言う。
「それは前にも聞いて、役員会議を開いたんだけどさ」
「いつの間に?」
聞いてない、という顔をした慎也が、兄に突っ込みを入れた。
「まぁ、最愛の弟の能力については、僭越ながら僕がプレゼンさせてもらった訳よ。模試的なものでは十分なほどの能力を持ってるという事、加えて今まではE&Eフーズで営業をしていたけど、それもトップクラス。加えてコミュ力オバケで、何をさせても動じないタフさはある。臨機応変に判断する能力もあるし、経営に関する基礎は大学でばっちり学んだし、僕や父さん、祖父さんからも現場の声を聞いてる」
正樹にべた褒めされ、慎也は少し照れくさそうな顔をしている。
……可愛いじゃないか……。
「その上で役員たちからは、問題なしとされたよ。まあ、僕も入社していきなり役員になったタチだし、芳也だってもう少ししたら子会社のもっと高い役職に就く」
「あ、マジ?」
「マジ。バキバキ働くぞって気合い入ってる。その上で、大伯父さんがそろそろ会長職から退くって言ってる」
「あー……」
正樹が示している道の行く末を察し、慎也が何度か頷いた。
二人のお父さんの昌明さんは、社長をしている。
彼の出身はフランスで、母親が会長の妹さんなんだそうだ。
会長以外の兄弟は女性しかいなく、フランスから日本大好きな昌明さんがやってきた。
もとから会社経営をするつもりでヨーロッパの有名大学で学び、そして久賀城ホールディングスに入社した。
そのあとは日本で暮らして正樹のお母さんとお見合い結婚し、死別したあと玲奈さんと再婚した流れになる。
なので現在の久賀城ホールディングスの会長は、二人の大伯父さんだ。
その大伯父さんが会長職から引けば、繰り上がって昌明さんが会長になる。
そして……。
「正樹が社長になるって事か」
「そう。で、僕の優秀な補佐として、空いた副社長兼COOの座には、慎也に入ってほしい……と思ってるんだけど」
正樹は悪戯っぽくパチンとウインクをした。
「弟にウインクするなよ」
けど、あっさり慎也に突っ込まれる。
「やだぁ、正樹の渾身のキメウインク~」
その途端、正樹が裏声を出すもんだから、私はブフォッと噴きだしてしまった。
「でさ」
直後、正樹がまじめに言葉を続けるので、笑いが止まらなくなってしまった。
「ちょ、待って……っ! その変わり身……!」
正樹は私の反応を見てニヤニヤしたあと、話を続ける。
「僕は優美ちゃんがE&Eフーズでの成績を、慎也伝いにしか知らない。でも、もっと上のステージにいっても、十分やっていけるポテンシャルがあるんじゃないかなって思ってる」
「どのあたりのポジ?」
慎也が尋ね、正樹は私に尋ねる。
「そもそもの質問をするけど、優美ちゃんは働きたい? それとも専業主婦を望む?」
「んー……。子供はほしい。でも出産したらしばらく大変だろうなと思う。転職してすぐに産休もらって……なんて、申し訳なくてできない。それならいっそ、落ち着くまで働かないほうがいい。でも本音は働きたい。今まで培ったスキルがあるから、無駄にしたくない」
「そうだな。俺も家で大人しくしてろなんて言いたくない」
慎也が同意してくれ、私は安堵する。
「まぁ、家の事はプロに任せる一択だね。作りたい人が飯を作るなり、好きにすればいい。僕たちはこれからもっと多忙になるし、優美ちゃんだって働くにしろ出産するにしろ、忙しくなる。だから家政婦さん、ハウスキーパーさんを雇うのは決まりね」
正樹が指折り数えつつ、決定する。
「俺も賛成」
「わ、私も」
確かに、反対する理由はない。
今までは気軽に外食したり、慎也や私が作っていた。
けれど今まで以上に多忙になる事を考えると、お金を払ってプロに働いてもらうのは、自然の道理な気がする。
そのために家政婦さんや家事代行サービス等々の職業があり、需要があるから彼、彼女らは働いている。
「僕の一案だけど、優美ちゃんは一旦いまの会社を辞めたあと、妊活してみたらどうかな? で、子供がある程度大きくなって落ち着いた頃に、うちの会社に入る。役職は自分でバリバリ働きたいなら部長クラス、もしくは常務、専務取締役のポストを用意できるようにしておく。サポート型になりたいなら、僕か慎也の秘書になるのも可。どちらにせよ、指導してくれる人は用意する」
「うん……」
その案を聞いて、悪くない、と思った。
さっきの嫉妬される問題は放置して、子供ができたあとの事を考えると、内緒の恋人みたいな感覚でいるのは馬鹿らしいんじゃ? と思い直した。
結婚して子供もいるのに、周りの目を気にする? アホじゃない? と。
コソコソするぐらいなら、堂々と「久賀城慎也の妻です」と胸を張りたい。
何か言われるかもしれないけど、メソメソする私じゃない。
文香から〝人たらし〟と言われたスキルを使って、その人たちを味方につけるぐらいできないと駄目だ。
その上で仕事スキルに自信があるなら、「お飾りじゃないんですよ」と実力で示せばいい。
よし。
心の中で決めたあと、私は正樹に返事をする。
「子供は授かり物だから、あらかじめいつ入社って言えないけど」
「いいんじゃないか? 女性に対して年齢とか言いたくないけど、やっぱり適齢期ってあると思うし」
慎也に言われ、私は「うん」と頷く。
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