僕はうまくやれなかったな

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僕はうまくやれなかったな

 ありがたいなぁ。  こういう風に褒めてくれる二人や文香、和人くんがいる私は果報者だ。  いなくても、自分にご褒美とかして、自分の機嫌ぐらい自分でとれる。  けどそれに〝人〟がプラスされると、最強の効果があるんだろう。 「優美ちゃん、腹減ってない?」 「ん? んー、言われてみれば」  同窓会は皆で料理をつつく感じだったので、一人分をしっかり食べた感じではない。 「せっかくだから、ラブホ飯食べてからチェックアウトしようか」 「あ、いいね」 「まだ早朝だし、二度寝しないなら露天風呂楽しむのもアリだな」 「だね。朝から露天風呂は、贅沢な気持ちになれるから嬉しい」  そのあと、三人で露天風呂に入ってじっくり語り合ったあと、フードメニューを広げた。  さすが二十四時間対応で、色んなメニューがあって美味しそうだ。  朝でなかったら冒涜的にぶ厚い牛タンとか、ステーキとか頼んじゃってたかもしれない。  ……いや、いつもとてもいいお肉を食べさせてもらってるんだけど、場所が変わると何でも美味しそうに見えるというか。  結局、正樹は焼き魚セット、慎也はなめろう丼セット、私は雑炊にした。  本当は高級食パンを使った洋風セットや、パンケーキセットとかも気になったけれど、なるべくヘルシーに……。  二人と暮らすようになって沢山美味しい物を食べるようになったので、今さら感はあるけれど……。  そしてチェックアウト後、私は正樹が運転する車で実家に向かう事になった。 「やっば……。すっごい罪悪感……」 「いいじゃん。恋人がいるなら、ほとんどの人が通る道だよ」  時刻は午前十時を過ぎていて、勿論家族は起きている。 「だって小っ恥ずかしいんだもん~~」 「ラブホ二回目だろ?」 「お泊まりは初めてだよ」 「……そうか。初めてか……」  慎也がニヤニヤしだす。 「いや、それは置いておいて。昨晩も言ったけど俺がきちんと説明するよ。婚約者とラブホ行くのは、普通の事だろ?」 「ん……うん……」  決まり悪く頷くと、運転席から正樹が明るく言う。 「僕は運転手という体で、車で気配を殺してるからね! 心配しないで!」 「ん、うん」  それに対しても、曖昧な返事しかできない。  こういう時、慎也が婚約相手なんだろうけど、そこに正樹が混ざれずに彼が遠慮しちゃうのって、何だかなぁ……と思ってしまう。  三人で決めた事だから仕方がないんだけど。  やがて、車は四十分ほどで私の実家に着く。  その前に大宮駅近くにあるホテルに寄って、うちの家族への手土産も持ってきた。  本当なら同窓会の出歯亀だけで、挨拶する予定もなかったんだろう。  けど、万が一の事を考えて用意してきたらしい。さすが……。  実家は二世帯住宅なので、普通の家より大きい。  すぐ目の前には大きな公園があり、ゆったりとした敷地にはお祖母ちゃんが世話をしている庭もある。  お祖母ちゃんは畑を借りてあれこれ育てているし、庭いじりも好きだ。  五月、六月くらいになると庭の花が咲き乱れてとても綺麗で、私は手伝いもしていないのに自分の家の庭を誇らしく思っていた。  そんな家の前に、いるのだけれど……。  私がチャイムに手を伸ばすと、慎也が突っ込みを入れる。 「自分の家なのに鳴らすの?」 「えっ? あっ、そ、そうだよね」  私は我に返り、深呼吸をしてからドアノブに手を掛けた。 「た、ただいまー」  けれどリビングからテレビの音が聞こえるだけで、誰も返事をしない。 「上がっていいよ」  覚悟を決めた私は慎也にいい、ヒールを脱いだ。 「お邪魔します」  慎也も靴を脱いで家に上がり、きちんと靴を揃える。  もう一度こっそりと深呼吸した私は、リビングに続くドアを開けた。 「ただいま」 「あー、おかえり」  ソファに座ってテレビを見ていたお父さんが返事をし、お祖父ちゃんもこちらを見ている。 「ちょっと、あの。慎也も連れてきたんだけど……」 「あらあらあらあら、あらららら……」  台所から現れたお母さんが、どこから出してるんだか分からない声で動揺を示した。 「久賀城さん、どうぞ座ってください! ホラ、お父さんどいて! 汚くてごめんなさいねぇ。あー、やだ! 恥ずかしい!」  いつものように、家はいい感じに生活感丸出しだ。  ごちゃっとしている訳じゃないけど、テーブルの上には新聞やリモコンとかが雑多と置かれてある。 「あの、これもし良かったら召し上がってください」  慎也が差しだしたのは、高級和菓子で有名なお店の紙袋だ。 「まあーあああ、ご丁寧にありがとうございます」  ……なんだろうこの、身内のテンションが恥ずかしいこれ……。 「私、ちょっと着替えてきていい?」  慎也に尋ねると、「どうぞ」と快諾してくれた。  なるべく彼を一人にしないよう、ササッと行ってくるつもりだったけれど、不意にお祖母ちゃんはどこにいるんだろう? と思った。 「お祖母ちゃんは?」 「え? 外にいなかった? 庭いじりしているはずだけど」  んん!?  外には正樹がいる訳で……。  何となく、嫌な予感がしてしまった。 **  優美ちゃんの家の前で車を止めたあと、僕は窓を開けて運転席のシートを倒した。  慎也は夫になるんだし、奥さんの実家でうまくやらないといけないから、大変だなぁ。  いつものようにかるーく思うけど、ほんの少し羨ましさがあるのも事実だった。  僕は伏せられた存在だから、堂々と挨拶に行けない。  あくまで僕は慎也の兄で、優美ちゃんの家族からすれば、頻繁に一緒にいるところを見られると「ちょっとおかしいな?」と思われる恐れがある。 (でも、自分で決めた事だしな)  比べるように思いだすのは、利佳の家族だ。  彼女とはうまくいかなかったけど、彼女の家族との関係は悪くなかった。  むしろ一年も経たず破綻した事について、自分の娘にも原因はあると思う常識的な親で、離婚したあとに利佳抜きでお詫びに訪れたほどだった。  そんな人たちだから、離婚したあとも久賀城家とはビジネス的にもうまくいっている。  もともと政略結婚的な結びつきで、お互いの両親が「年齢が近いし、利佳もおたくの息子さんを気に入っているようだから」というきっかけだった。  お互い好意から始まった関係で、本人同士が破綻しても家族や会社ごと憎むような人たちでなくて、本当に良かった。  昔を思いだして少し感傷的になるけど、以前の関係を惜しいなんて、これっぽっちも思ってない。  僕はうまくやれなかったな。  そう思うだけだ。  だからこそ、慎也にはいい結婚生活を送ってほしいと思うし、優美ちゃんの家族ともうまくやれたらいいね、と思っている。 「僕が入っても、台無しにするだけだからなぁ」 「何を?」 「うわおう!!」  独り言に質問され、僕はびっくりして悲鳴を上げる。  開けている窓の外には、老婦人――恐らく優美ちゃんのお祖母ちゃんが立っていた。  まだ残暑があるからか、農作業用の帽子を被ってニコニコしている。 「あなた、どなた?」  柔和な彼女に尋ねられ、僕は一瞬うろたえる。  それでも話をややこしくさせないために、こう答えた。 「……運転手です」  お祖母ちゃんは微笑んだまま僕をジッと見つめてくる。  うう……。苦手だなぁ。  僕はこういう、人生経験が豊富で人を見透かす感じの人が、とても苦手だ。  僕は人をうまく騙して〝久賀城正樹〟を演じているところがある。  その仮面を突き破って本心を見透かしてくるタイプが、凄く苦手だった。 「本当?」  彼女は微笑んだまま、尋ねてくる。  やっば……。これ、何か気付いてるな。  やっぱりホテルで待ってれば良かった。 「優美は昨日同窓会に行って、その帰りに慎也さんとお泊まりに行ったはずなの。それを運転手さんが迎えに行くのかしら? 私、お金持ちの家の事は疎くて、ごめんなさいね」  あー、やっば……。  僕は動揺しきっているけれど、かろうじてビジネススマイルを浮かべたまま、平静を装っている。 「あら、素敵な時計をしているわね。もし良かったら見せてくださる?」 「は、はい」  ちょっと強引だな、と思いつつも、僕は腕時計を外して彼女に渡す。  いつも着けているビジネス用の時計は、社会人になった祝いに父からもらった物だ。
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