名案?

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名案?

 なっ、なんて無理難題を出してくるお姫様だ。  頭を抱えると同時に、急に、この人が可哀想に思えてきた。  インジェンは今までどれほど孤独だったのだろう。  たった一人で自分の呪いを解く方法をずっと探していたなんて……。  我慢できず、つい余計な口が開いた。 「殿下……。殿下は輝かしいトゥーランの皇子としてお生まれになったのに、何故、今まで誰もが呪いに手をこまねいていたのでしょう。殿下一人に苦しみを負わせるようなものではありませんか……」  うっかり感情を漏らした俺を、インジェンが睨み付ける。 「……貴様如きが、私に憐れみを抱く資格があるとでも?」 「いえっ、もっ、申し訳ございません……!」  あちゃー、俺、やっちまった!  また首を刎ねろと言われないうちに、必死で話題を変えた。 「……殿下っ! わたくし、この城を殿下とコッソリ抜け出す手段を考えます! やはり城の中に留まっていては、解ける謎も解けません!」  インジェンが、金の繊細な簪を揺らしながらため息混じりに頷いた。 「今から考えるのか……妖魔の知恵もたかが知れているな」  ――その時、背後の園林から、誰かの靴音が聞こえてきた。  ……今の会話が聞かれてたら、まずいんじゃ!?  そもそも俺はとっくに処刑されてるはずだし、チンチンはあるしで、存在自体がめちゃくちゃヤバい。  慌てて俺は傘を深く被り直し、井戸の陰に隠れるようにして俯いた。  梅林の木陰から、立派な補服(役人の服)を着た偉そうな髭のおっさんが現れる。  彼はインジェンのそばまでやってくると、批難を含んだ声を上げた。 「トゥーランドット公主様。こんな所にいらしたのですか」  おっさんの顔には見覚えがあった。  広場で詔勅を読み上げていた、軍機大臣のワンズーだ。  縮こまったまま、聞き耳を立てる。 「昨日の賊を直に尋問したと聞きましたぞ。その後、賊はどうされたのです」 「私が内々に始末させた。わたしの秘密を知った以上、生かしてはおけぬからな」 「それはようございました。しかし、今後あのような気まぐれは起こしませぬよう。わたくしをはじめ、臣どもがどれだけ気を揉んでおりますことか」 「分かっている。ワンズー、お前はいつもよくやってくれている。最近父も病気がちで、わたしもこのような状態だ。公務は日頃から皇帝の耳目たるお前が居なければ、何も回らぬ。感謝している」 「ありがたきお言葉。あと数人の首を切れば、ロウ・リン公主は満足し、必ずや呪いも晴れましょう。その時こそ、皇帝に即位なさり、親政を行われますよう」 「大臣。……五年前からそのように言うが、一向に呪いが消える気配はない。私は出来ればこれ以上、七王家の王子を犠牲にしたくはないと考えている。銅鑼を叩くものが出ぬよう、今後もよく見張らせろ」 「何をおっしゃいますか。七王家は全て我がトゥーラン国に忠誠を誓った者どもです。公主様の為ならば、いくら犠牲にしても構わないかと」 「……。もうよい、下がれ」  ワンズー大臣が拱手の礼をし、林の向こうへと去ってゆく。  その姿をチラ見で見送りながら、俺は皇子に感心していた。  俺に対する言動はドSっぽいけど、心の奥底は、皇子に相応しい真っ当な考えを持った人なんだなと……。  そして、城の中にも色んな考えの人間がいるのだということを知った。  氷の姫君は、本心では王子達を殺したくない。  けれどその臣下は、そんなことどうでもいいと思ってる……?  こんな状態だと、確かに呪いを解く方法を探すのも一苦労だし、皇子自ら城を抜け出したくもなる。  ――しかし、どうやって城を脱出する?  インジェンのように秘密を持っていなかったとしても、基本的に女性皇族は、自由な外出なんて夢のまた夢だ。  たまに外出することになれば、護衛がガッツリ付くだろうし。  そんな深窓のお姫様が、側仕えの俺と一緒に駆け落ちなんて、バレたらその場で俺の首が飛ぶ。  しかも、インジェンの住むこの翠玲宮は、少ないとはいえ、常にそば近くに宦官達が控えていて、監視の目が厳しい。  更に、この城ときたら、何もかもデカイ。  城壁なんて、人の背丈の何倍もあるのだ。登って越えるなんてのも、完全に不可能。  でも、諦めたらそこで最後だ。  ……人の作ったものに完璧なものはない。探せば、穴があるはず。  思い切って、俺はインジェンに尋ねた。 「……殿下。恐れながらお伺いします。今までにこの城を脱走したり、逆に、堀や城壁を越えて侵入することに成功した者はいるのでしょうか」 「堀を城壁を越えたという話は聞いたことがない。何しろ、壁の高さは三丈(十メートル強)程度、堀が、深さは六尺(二メートル強)程度だが、幅が十五丈(五十メートル強)もある。しかも、城の角にはそれぞれ見張りの楼台が設けられており、壁を登るようなやからは直ぐに発見される」 「強行突破は無理ですね。流石は世界一のトゥーランの禁城です。……逆に疑問なのですが、ロウ・リン公主が辱めを受けた時、賊はどのようにして城に侵入できたのでしょうか?」 「賄賂により、有力な宦官が手引きをし、門を開けたと聞いている。王朝の末期で、宦官たちも完全に腐敗していたからな」 「……城の出入りには、協力者がいなければ難しいということですね」  言いながら、俺はハッと思い出した。  協力者……いるじゃないか!  城の出入りが出来る宦官で、高速移動ができて、地獄耳で、隠し通路にも詳しい……。 「……殿下。銅鑼の番人の王宮三兄弟を、お召しになって頂けませんでしょうか!?」 「……あの卑しいものどもをか? あの三人ならば、お前の身元調査を怠った罪で、牢に入れて処刑待ちだ」 「なっ」  こともなげに言い放ったインジェンの前で、俺は大いに慌てた。  あの三兄弟、俺のせいでそんなことに!?  とばっちり過ぎるし、申し訳なさ過ぎる!!  しかも、あの三人の能力が、今こそ必要だってのに!!  これは早急になんとかせねば。  俺は必死で皇子に提案した。 「殿下、どうか彼らに、今すぐ恩赦を賜りますよう!! 誰にも知られず城を抜け出すためのよい考えが浮かびましてございます!」
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