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災い転じて福となす
「インジェン様!?」
あのお姫様、俺よりも身長でかいのに、いつの間に迷子になっちまったんだ!?
慌てて都城門を離れ、走りながら街のあちこちを覗いて回る。
「インジェン様! どこですか!?」
必死で捜索している内に、通りすがった棒手振りの行商のオッサンとぶつかりそうになり、怒鳴られた。
「あぶねぇなあ! さっきからでっかい声で叫んで、どうしたんだ」
「すみません……!」
手を合わせて謝ってから、ハッと思いついた。
インジェンはお姫様じゃなくたって、目立つ容姿をしている。もしかしたら……。
「あのっ、女みたいに綺麗な細面の、若い男性を見かけませんでしたか。手にオモチャの風車持ってて……」
「ああ、その変わったお兄ちゃんならさっき見たよ。なんだか、ガラの悪いのに絡まれて、あっちの路地裏の方に連れて行かれてたぞ」
「有難うございます!」
お礼と同時に、指さされた方向へと飛び出す。
もしもインジェンが傷付けられたり、殺されたりしたら……俺一人が処刑されるならまだいい方だが、天下が大変なことに!!
飛び込んだ汚く狭い路地裏で、案の定インジェンは大小三人のチンピラに囲まれている所だった。
「おう、女みたいな顔した兄ちゃんよ。アンタ、すげぇお宝を隠し持ってるらしいじゃねえか。大通りの商人が噂してたぜ」
「なぁに、痛い目になんか遭わせるもんか。そのお宝を素直に渡してくれるだけでいいんだよ。なぁ」
壁際に追い詰められたインジェンは、さぞや怯えているかと思いきや、腕を組んだまま平然としている。
彼が黙りこくって動かないので、一番身体の大きい親分格が怒り出した。
「礼儀がなっちゃねえようだな。そのべっぴん面を、ふためと見られねぇ形に変えてやろうか!」
俺は慌てて飛び出し、彼らの前に立ち塞がった。
「待ってください、乱暴なことはやめて下さい!」
「あぁ? なんだ、てめぇ。このキレーな兄ちゃんのツレか?」
「私はこの方の使用人です。それはともかく、この方はそんな大層なお宝なんて持っていませんよ。王府大通りの商人に担がれたのではありませんか?」
俺はさわやかな笑顔を作り、守るようにインジェンを庇った。
だが、チンピラ達は苛立つばかりだ。
「何言ってやがる。紫微の都の元締め、このウーチン様の舎弟の一人が、その耳で聞いたってんだ。そんなことあるか」
自らならず者の元締めを名乗った大柄の男は、腰に差した幅広の柳葉刀に手を掛けた。
「まあいい。お前ら二人とも叩き斬って、その後でじっくり調べてやるさ」
不味い。
こっちにも何か武器があるならともかく、丸腰と風車一本だ。
何とか言いくるめて、隙を見て逃げるしか……。
アイコンタクトを取ろうと、インジェンの方をチラリと振り返る。
だが、そこには誰も居なかった。
「!?」
驚いて正面に向き直ると、親分のデカい身体が吹っ飛ばされ、埃っぽい路地の壁に叩きつけられた姿が目に飛び込んでくる。
「!?」
さっぱり状況が掴めない俺のすぐ横で、インジェンが長袍の深いスリットから長い脚を翻し、残った子分の頭を二人まとめて上段蹴りで薙ぎ払い、地面に昏倒させた。
唖然とする俺を、冷ややかな目でインジェンが睨む。
「……全く、こんな下賤な者どもに自ら手を下さねばならないとは。例え足だけにしても、汚れる」
彼は壁際まで歩くと、親分と子分の頭をガツンガツンと上から踏みつけ、気絶させてしまった。
「い……インジェン様」
ビックリして物も言えない俺を、インジェンが不機嫌そうに振り返る。
「なぜ、さっさとこの者どもを始末しなかった。武術の心得はないのか?」
「そりゃあ、前のご主人様に、旅すがら習ったことはあるので、多少はありますけども……武器を持った相手ですよ!?」
「私は幼い頃から暗殺に備え、護身術を教えられた。今でも武道に明るい宦官を相手に、日々鍛錬している。武器の有無など問題ではない」
「いや、それにしても油断は禁物です。今後はお気を付けてください……」
危ないったらありゃしないが、確かに鮮やかな手並みだった。
着替えさせたとき、下着越しに、綺麗に筋肉がついてるなとは思ったけど。
武道に明るい宦官……俺のこと持ち上げたあいつのことかな。
宦官はピンポンパンみたいな温厚なのばっかりかと思いきや、武闘派もいるんだなぁ……。
感心しながら、俺は俺で、自分の役目を果たすことにした。
地面に膝をついてチンピラ達の懐をまさぐり、財布を抜き取る。
中身をあらためると、馬を二頭買ってもお釣りが来そうな額だった。
目が覚めたら相当怨まれるだろうが、すぐに都を出るのだし、帰ってくる頃にはほとぼりも冷めているだろう。
子分達の持っていた、細身で持ち運びに良さそうな剣も二振りちゃっかり拝借し、その内の上等そうな方をインジェンに献上した。
「恐らく、いずれかの貴族の家からの盗品かと思いますが、旅の間だけでも護身用にされて下さい」
「仕方ない」
かなり嫌そうな顔をしたものの、インジェンは剣を受け取ってくれた。
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