お久しぶりね

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お久しぶりね

 曇天の下で雨に打たれながら、ならず者達の憎悪の目が俺たちに集中する。 「確か、女みたいな顔した兄ちゃんと、調子のいい優男の兄ちゃんの二人組だよなぁ」 「ああそうだ、間違いねぇ。こんな都外れまできた甲斐があったってもんだ!」 「こいつら、ただ殺すだけじゃあ生温いぜ」 「ついでに、女みたいな方は女の代わりにしてやってもいいんじゃねえか。あんだけ綺麗な顔なら、気分が出るしなぁ。グヘヘ」  ちょっ……!  ヤバい、このままじゃ衰弱して抵抗もできないインジェンが、モブ達に犯られる!!??  そんなことになったら、気位の高いインジェンは憤死してしまいかねない。 「やめろぉおおお!!! その人に手を出すな!!」  叫んで剣を抜き、多勢に無勢を承知で立ち上がる。  だが、畑の泥があまりにも深く、足を取られて、なにもしないうちに思い切りすっ転んだ。 「ワハハハハ! なんだあいつ!?」 「頼りねぇ相棒だなぁ。安心しろよ、お前は邪魔だし、女の代わりにする気も起きねぇよ。今、殺しといてやる」  何一つ良いところなく尻餅をついている俺の頭の真上で、雫を垂らした柳葉刀がギラリと光る。 「死ねぇ!」  ――もう、駄目だ。  避ける間もなく、死を覚悟してギュッと目を瞑った。  刃が風を切り、俺に向かって容赦なく振り下ろされた――はずの瞬間。  耳をつんざくような金属音がごく近くで鳴り響いた。 「なっ……何ぃ……!?」 「誰だっ、テメェは……!」  恐る恐る瞼を開くと、泥の中に埋まる、黒いブーツの足が見えた。  そのブーツの中に裾の入れられたズボンには、見覚えのある美しい刺繍が施されている。  ダッタンの王族だけが衣服に使う、彼らの一族の紋様。懐かしい胡服……。  この人……ダッタンの――。 「大丈夫か、リュウ」  目の前に立つ、背が高く体格もいい青年が、振り返って俺の名前を呼ぶ。  その若々しい顔を見上げて、アッと叫んでしまった。  ――結髪せず肩に垂らした、緩やかにウェーブした赤茶けた髪。  眉は太く凛々しく眉尻がすっと上がり、唇は口角が上がって、瞳は星のように澄んでいる。  彼は――トゥーランドットの真の主人公、カラフだった。 「でっ、殿下……! 都におられたのでは!?」 「それは私の台詞……いや、話は後だ。まずはこの者たちをどうにかせねばな!」  大剣でならず者たちと切り結びながら、カラフが叫ぶ。 「はっ、はい……!」  後ろで真っ青な顔をして倒れているインジェンを気にしつつ、俺も立ち上がり、カラフの背を守るようにして剣を構え直した。  カラフは流石に幼少期から剣を鍛え続け、さらに実戦経験豊富なだけあって、複数人を相手にしても恐ろしく強い。  俺が一人を相手にしている間に、カラフは二人を相手にして、次々と倒していく。 「くっ、クソ、田舎もんの癖になんて強さだ! 逃げろ、逃げろ!!」  カラフの切り倒した仲間の死体を畑に放ったまま、ならず者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。  ――いつの間にか、雨は止んでいる。  突然現れたダッタンの王子は、息を乱すこともなく、剣についた血をぬぐっていた。  俺は疲れ切っていたが、すぐにインジェンのことを思い出し、急いで泥の中で倒れている皇子のそばへと駆け寄った。 「インジェン……!!」  叫びながら抱き起すと、彼は目を閉じたまま小さく呻いた。  ……良かった、辛そうだけど、ちゃんと息がある。  その時――カラフが泥を踏んで俺の背後にゆっくりと近づいて来た。 「……リュウ、求婚の為に城に入ってから、何の音沙汰もないので心配していたのだぞ。その者は誰だ? 都から一緒に来たのか?」  落ち着いた低い声音を聞いた途端、血が凍るような心地がした。  大ピンチのお姫様を救うという、あまりにもベストなタイミング。  そして、王族の血を引くものが、必ず恋をするという呪い。  二人が結ばれるために散る、俺の命……。  慌ててインジェンの顔を隠そうとしたが、もう遅かった。 「……? ずいぶんと弱っているようだな。見たところ、病のようだ。そなたの知り合いか?」  俺の脇にかがみ込み、カラフは何事もないように、インジェンの反対側の肩を支え、立ち上がった。  え……?  呆然としながら、俺も同じように反対側の肩を持ち、膝を伸ばす。 「この近くに、医師が住んでいる所がある。そこへ向かうぞ」 「……は、はい……」  頷きはしたものの、俺の頭は疑問符だらけだ。  何故、カラフは恋に落ちないのだろう。  もしかして、呪いは実は、終わってる……?  頭を捻って、記憶をよく辿ってみる。  ええと、確か、ロウ・リン公主の幽霊は、なんて言ったんだっけ。 『――妾の呪いの力により、この都に足を踏み入れた七王家の王族達は、一目でたちまちに偽物の公主への恋に落ち、求婚するであろう』  アッ……!  そうか、分かったぞ。  都の「外」だから、カラフは恋に落ちていないんだ……!  稲妻のような衝撃で閃いて、それと共に、一気に安堵した。  なぁんだ……!  少なくとも、霊になった公主が強い影響を及ぼせるのは、城と都の中だけなんだ……多分だけど。  ――七王家の王族に対するロウ・リン公主の恋の呪いは、都を出れば効かない。  やった、一つ謎が解明できたぞ!  だけど、喜ぶにはまだ早い気がする。  ロウ・リン公主の呪いって、確か、王子達が恋に落ちるだけじゃなかったような……。
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