再会

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再会

 そんな訳で、俺と爺さんは放浪の果て、お姫様のいるトゥーランの(みやこ)にやってきた訳だが。  いやあ、大帝国の(みやこ)っていうのはとんでもない所だ。  だって、デカい城が見えて来たなぁ、なんて思ったら、そいつがただの門だって言うんだから。  トゥーラン国の首都にして、この世の中の中心でもある、紫微(シビ)の都。  その中心にある、皇帝の住む禁城は、千棟近い宮殿や施設の集合体であり、敷地面積だけで一つの町を既に超えるらしい。  しかも、皇帝の威光を示すため、城には幾つもの門がある。  その一番南側にあり、かろうじて一般人も目にすることが出来る一番外側の門――それが今、俺が見上げて圧倒されている、「仁天門」だった。  門……には見えない。  奥行きのある二階建ての、いかめしい屋根を持つ、立派なお寺のような――そんな感じの建物だ。  気候のいい夏の夕暮れ、傾いた太陽の陽を浴びて、美しいオレンジ色に輝く瑠璃瓦(るりがわら)の屋根。  その門の前に設けられた広場は、なんと収容人数推定百万人、サッカー場が五十個以上入ってしまうような大きさ。  その、とんでもなく広い仁天門広場に今、どこから湧き出たんだと思うほどの、大勢の老若男女が押しかけている。  彼らの目的は、日没後にこの広場のど真ん中で行われる、この都において最大のエンターテイメント、「公開処刑」だ。  念の為言っておくけど、「友達とSNSの写真撮ったら、俺以外、全員高身長イケメン過ぎて死んだ」みたいな意味じゃない。  マジもんの、衆人環視での殺人だ。  ちなみにこの世界では、公開処刑と言ったら「打ち首」が断然人気。  イケメン・ムキムキ、もはやアイドル!な上半身裸の首切り処刑人が、巨大な柳葉刀で、華麗に首を切り飛ばすのが盛り上がる。  しかも――公開処刑されてさらし首になるのがしょぼい罪人なんかじゃあなく、若く美しい、周辺国家・七王家の王子ともなれば!  イケメン王子が見たい、更にそのイケメンが無惨に死ぬところが見たい、ってな感じで、都中の人間が浮き足立ってしまうのも、無理はない。  公開処刑の行われる中央を広く空けて、仁天門前広場の外周部分は、詰めかけた見物人でほとんどパニック状態だ。  何しろ、ビッグサイトのコミケスタッフみたいに「三列に並んでくださぁい!」「押さないでくださぁい!」なんて列をさばくプロなんて、この世界には居ない。  一応、宮城の兵士達が大勢派遣されて、禁止ラインを越えて迫ってくる見物人達をグイグイ槍で押し返してはいるけれど、今にも将棋倒しになりそうな勢いだった。  そして、召使の俺と、盲目の元王様――ティムール爺さんは、そんな大群の前に、もはやなす術もない。  押されるわ、蹴られるわ、踏まれるわの大惨事。  泥んこになりながらも、俺と爺さんは、今帰るわけにはいかないと、どうにか広場の隅の方をフラフラ逃げ惑っていた。  何故なら、俺の前世知識によれば、爺さんの息子であるカラフ王子――「トゥーランドット」の主人公(ヒーローやく)に、この場所で偶然会えるはずだからだ。  野望のためにも彼に会うことは必要だったが、何より、爺さんをはぐれた息子に会わせてやりたい。  息子が生きていたと知ったら、爺さんはそりゃあ大喜びだろうし。  かくして、俺たち二人、ここまで来たはいいものの。  まさか、こんなとんでもない圧死地獄が待っているとはな!  息子に会うまでに爺さんが死んじまうじゃねーか。  確かに俺の知ってる物語の中も、冒頭にこんなシーン、あったような気がするけれども、ここまでとは聞いてない。  玉の輿に乗るまでは、この可哀想な爺さんを殺す訳にはいかないぜ!  死にていの爺さんを背中に背負い、命からがら逃げ惑っていると、太った男にドンと激しくぶつかられ、俺はうっかり爺さんを背中から落としてしまった。 「しまっ……あーっ!!」  ヨボヨボの爺さんの体が、移動する群衆に蹴られて、まるで丸太のようにゴロゴロと広場を転がっていく! 「りゅ、リュウ〜っ!」 「ちょっ、誰かっ! 助けてっ! 止めてくれぇ!」  真っ青になった俺が助けを求めて叫ぶと、背が高く、がっしりした体型の若い青年が、群衆の中から飛び出してきた。 「父上!」  ハリのある、若々しい声。  俺や、爺さんと同じ、動きやすい騎馬民族の服を身につけた凛々しい姿――そして、彫りが深く、男らしい眉と引き結んだ唇、肩まで伸ばした赤茶けた髪、北方民族特有の、青みがかった、澄んだ瞳――。  青年は人々を掻き分けてひざまずき、爺さんを助け起こすと、そのシワシワの顔を見つめ、もう一度叫んだ。 「父上、まさか、こんな所で再会するとは……!」  骨と皮だけ、みたいな細い爺さんの身体が、大きくわななく。 「カラフ……! おお、息子よ……! まさか、この世で生きてもう一度会えるとは……っ」  ーーカラフ。  涙を流しながら、時が止まったように抱き合い見つめあう二人を見守りながら――その名前に、俺の心も大きく動揺した。  この人がそうなのだ。  覚悟はしていたが、ついに出会ってしまった。  この物語の主人公――そして、俺の生死の鍵を握る男と。  初めて間近で見る王子カラフは、まさに主人公に相応しい、美しく逞しく、そして堂々とした男だった。  王宮にいた頃よりも身なりは地味だけれど、凛とした背筋の良さ、優雅な物腰は、高貴な血を隠せない。  肩にかかる豊かにうねったブラウンヘア、男らしい太い眉、その下の優しげな眼差しは、確かに微笑みひとつで女の子が夢中になってしまうのも分からなくはない。  そんな訳で、俺の胸中は複雑だけれど――今、目の前で親子の再会を果たした二人を見ると、単純に、爺さん、本当に良かったなと、涙ぐまずにはいられなかった。  爺さんの元王様としての苦労も、長いこと見てるしなぁ。  もはや二人は、俺のこの世で唯一の身内みたいなもんだからさ。  本当に、会えて、よかったよかった……!  なんて。  いや、待て、俺、しっかりしろ!  感動してもらい泣きしてる場合か!?  俺はこのカラフを出し抜いて、お姫様とハピエンを迎えなくちゃならないってのに。  そうしなきゃ、俺は死ぬんだぞ!  でも、こんなカッコいい、いかにもな主人公を出し抜くなんて……そんな悪いこと、俺に、出来るのかなぁ……。
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