公開処刑

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公開処刑

 一抹どころじゃない不安を感じる俺の前で、カラフは爺さんに肩を貸して、俺のすぐそばまで歩み寄ってきた。  爺さんが嬉しそうに俺を紹介する。 「……おお、カラフ。あの者がわしをここまで世話し、連れてきてくれたリュウじゃ。美しい見目をしておるじゃろう?」  カラフの目が、はっきりと俺を見つめた。  目を合わせるのが恐ろしくなるくらい、深い眼差しだ。 「リュウ……と申すのか。そなたは、何者なのだ……? 見た目からすると、卑しい身分の者とも思えないが」  優しい声音で問われて、俺は首を横に振った。 「いえ、私はダッタンの王宮で働いておりました、しがない奴隷の召使。リュウでございます」 「そうであったのか。そなたは父と私の恩人だ。心から礼を申す。――しかし、そなたは、奴隷の身で何故そこまで、もはや何も持たぬ父に尽くしてくれたのだ? 他のものは全員、将軍ですら逃げてしまったというのに」  ギクリとした。  爺さんと離れられなかったのは、俺が爺ちゃん子だったからだ。  でも、仮にも王様のことを、俺なんかの爺ちゃんと同列に扱われたら、王子様は怒るよなぁ。  どう答えるべきなんだ?  いい答えも浮かばず、俺は結局、前世で得た知識通りに答えることにした。  ――俺は男だし、恋愛っぽい雰囲気になんてならないだろうと、タカをくくって。 「それは……昔、宮殿で、貴方様が私めのようなものにすら、微笑んでくださったからです。その微笑みが忘れられず……ダッタン王家をお支えしたいと」 「……!」  カラフの表情がすっと強ばり、その頬がうっすらと赤くなる。  アレ……?  ここ、本来の「トゥーランドット」では……カラフはリュウのこんな告白(?)なんて、華麗にスルーしてたよな……?  今のカラフの反応、おかしくないか?  もしかして俺、今……選択肢を間違えた?  焦りで頭の中が真っ白になった俺の目の前で、カラフが何かを言いかける。  けれどそれは、集まった見物人の叫びで聞こえなかった。  地平の向こうにチラチラ燃えていた太陽が、ついに沈んでしまったのだ。  広場の中央に組まれた、巨大なやぐらの周囲で、篝火が焚かれ始め、その炎が人々の顔を照らし始める。  いやがおうにも、群衆の期待と興奮は高まっていた。 「殺せ! 殺せ! 早く殺してしまえ!」 「王子を出せ! 氷の姫君の今夜限りの恋人を!」  炎に煽られ、狂気としか思えないような人々の叫びが合わさり、怒涛のうねりのようだ。  圧倒されて、動けない。 「トゥーランドット公主、万歳!」  姫の名を叫ぶ、恍惚とした声。  民衆の興奮が危険なほど高まっている。  ――けれど、その喧騒は、ある時突然に静まりかえった。  やぐらの上に現れた人影のせいだ。  それは立派な衣装を着た、禁城のお役人だった。  頭頂部に宝石が、後ろには羽飾りのついた背の高い黒い帽子、官位を示す刺繍布を胸に付けた官僚の服――堂々とした体格にそれらを着こなし、黒々とした髭を生やした厳しい顔つきの男は、広場に響き渡る声で叫んだ。 「トゥーラン国の軍機(ぐんき)大臣ワンズーより、偉大なる都、紫微(シビ)の民達に、皇帝陛下直々の(みことのり)を告げる!」  ――軍機大臣といえば、皇帝陛下を補佐する役人の中でも一流だ。  こんな人前に出て来て演説するなんて、普通なら考えられない。  このイベントはただの公開処刑じゃなく、トゥーラン国にとってどうやら、重要な儀式でもあるみたいだ。  大臣は、広大な広場にも隅々まで届く声で皇帝の詔勅(しょうちょく)を叫んだ。 「――我が国一の美女であられるトゥーランドット公主(ひめ)の婚姻について、ここに改めて宣言する!」  広場がいっそう、シンと静まり返る。 「――公主に求婚を行うことが出来るのは、七王家の血を引く王族の若者のみである!  そして、公主に求婚したものは、公主の出す3つの謎を解くことが出来れば、公主の夫となり、トゥーラン国の次期皇帝の地位が約束される!  ――しかし、解けない場合、その者は首をはねられることになる!」  改めて言われると、なんて無茶苦茶な話だ。  だが、この世界では何故かこんな横暴が受け入れられているらしい。 「そして、今日! ――謎への挑戦に失敗したものは、次の者である! ――ペルーサの第三王子。以上!」  処刑の始まりを示す月が天高く昇り始めている。  大臣は、恭しく巻き物を仕舞い、やぐらを降りた。  天高くそびえるやぐらに、代わりに処刑人達が上ってゆく。  ――そして最後に、宦官達に連れられ、美しい一人の青年がやぐらの前に現れた。  砂漠の民の着る、丈の足首まであるワンピースのような優雅な衣装――トゥーランの葬礼の衣装のように真っ白で、金糸で刺繍を施したものを身につけ、その黒髪は腰まで豊かに波打っている。  浅黒い肌をしたその横顔は、頬が高く、鼻筋は整っていて、目が覚めるほど若く美しい――。  別に、縛られてる訳でもなんでも無く、彼は、明らかに自分の意思でやぐらを上っていく。  カラフがいつの間にか俺のすぐ隣に来て、囁いた。 「何と酷い仕打ちだ。求婚しに来た他国の王子を、このような晒し者にして殺すとは……」  トゥーランドットの美貌とその残酷さの噂は、この世界中に轟いている。  彼女は大国トゥーランの老皇帝アルトゥームの一人娘だ。  皇帝は病に伏していて、その命は長くて数年と言われている。  彼女と結婚すれば次の皇帝の座は、その婿と子孫のものになる。  自国の王位継承権のないペルーサの第三王子は、自らの人生を賭けて、敢えて危険な運命に挑戦したのだ。  これから死に向かおうとするその人の、あまりの堂々とした様子を見て、俺は背筋がゾッと寒くなった。  何の罪も犯していないのに、自分のために死のうとしている彼の姿を見て、姫君は何とも思わないのだろうか。  王子の姿を目の当たりにした民衆達も、俺と同じ気持ちになったのか、さっきまでの処刑を待ち望む声は、すっかりなりをひそめてしまった。  代わりに響くのは、女達を中心とした、助命を嘆願する声だ。 「姫君! どうか、お慈悲を……!」 「姫君!」  隣にいるカラフも叫ぶ。  やがて遠く離れた仁天門の2階の楼に、飾りの揺れる豪華な大拉翅(だいろうし)を頭に付け、旗袍(チーパオ)を纏った女性の影が現れた。  ――その顔が、月明かりのもとで明らかになろうとする寸前……ハッとした。  カラフはここで、トゥーランドット姫の顔を見て、その美しさに恋に落ちてしまうのだ。  俺の命が危ない……!  とっさに、隣にいたカラフの腕を掴み、無理やり後ろを振り向かせた。 「あっ! 大変です! 陛下が心の臓を悪くされておいでです!」  俺はわざと叫び、後ろでキョトンとしていた爺さんに無理やり掴みかかった。  本当に悪いなと思いつつ、そのまま爺さんの身体にタックルする勢いで地面に押し倒し、心臓マッサージの真似事を開始する。 「リュッ、何をっ、ぐえっ」  そういえば、心臓が動いてる人への心臓マッサージは、厳禁だった気が……!  慌ててやめたけど、爺さんは泡を吹いている。  やばい、本当に体調不良にしちまった!! 「へ、陛下、大丈夫ですか!?」 「父上!?」  カラフも血相を変えて飛んできて、爺さんを助け起こした。 「も、申し訳ございません、陛下……!」  俺はヒラに謝りつつ後ろに下がり、ちらっと、仁天門の方を振り向いた。  そこには――今、まさに、手を挙げて死刑の執行を指示する氷の姫君がいた。  薄藍色と金の煌びやかな旗袍を纏い、何重もの首飾りと長い付け爪をつけたその人の顔が初めて明らかになる。  彼女は、女性にしては背が高く、その姿は威厳に満ち溢れていた。  月の如く青白い肌、人形のように整った完璧な顔立ちには、どこか憂いがあり、それが心を妖しいほどに惹きつける――。  ――でも、一目惚れするほどでもないし、どっちかいうと、憂鬱な印象のお姫様だ。  処刑を楽しんでいるようには見えない。  むしろ……多分、あの人は、悲しんでる。  氷のように心を閉ざしてはいるけれど、悲しいし、どうにかしたいと思ってるんじゃないかな。  奇跡を起こしてくれる、全てを変えてくれる何かを待ち望んで……でも、叶わない。  そう思わせるような、寂しそうな顔だ。  ……俺が彼女の謎を解いたら、彼女は笑ってくれるんだろうか。 「リュウ!?」  後ろからカラフに肩を掴まれて、ハッとした。  気が付いたら、もう、トゥーランドットの姿は楼から消えている。  俺は固唾を呑みつつ、カラフに尋ねた。 「殿下。さきほど、トゥーランドット公主のお姿をご覧になりましたか……?」  カラフが首を横に振る。 「いや。私は見ていない。――リュウ、ひどく顔色が悪いぞ。大丈夫か……?」  ああ……!  カラフは、ここでトゥーランドットに恋をしなかった。  これで俺の命は助かったぞ!  いや、助かった――のだろうか?  変なドキドキが止まらない。  気が抜けてボンヤリしていたら、絹を裂くような女達の悲鳴が群衆の中から上がった。  ドキリとしてやぐらの方を向くと、その上から、ペルーサの王子の首が落ち、ごろりと地面に転がったところだった――。
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