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墓の中の真実
「……何か見つけたのか?」
尋ねたけれど、インジェンは黙り込んだまま、棺の中の死体を見下ろしていた。
思ったほど変な臭いはしない。
細くて小柄な女の人の古い骸骨が、下着らしきボロ布ひとつで横たわっている。
「……これが、ロウ・リン公主……?」
あんまり目を合わせたくはないけれど、我慢してじっと顔を見てみた。
辛うじて髪が生えてる完全な白骨とミイラの中間て感じで、まともな服も着ていないし、お姫様らしさなんて微塵もない。
狼藉者に犯された挙句、井戸に落とされて殺されたっていう、悲惨な過去も、もはや読み取れないけど……。
「……副葬品が全て、盗まれている」
インジェンが、食い入るように姫の遺骸を見つめながらつぶやいた。
「副葬品……? 王朝が滅びた時の最後の姫なのに、そんなものがあるんだ?」
不思議に思って俺が尋ねると、インジェンは強ばった白い顔を上げた。
「……分かったことがある。まず、ロウリンの呪いが始まったのは、五年前では、ない。壁に刻まれた記録からすると……都に足を踏み入れたグンドの一族が次々に原因不明の病にかかり、ロウ・リンの呪いと恐れられた……とある」
「何だって……じゃあ、百年前から……?」
「ああ。そして、ロウ・リンの遺体を葬ったのは私の一族……しかも、皇帝となった太祖、グンドだ」
「……なぜ、そうだとわかるんだ?」
「リュウ。この棺の紋様を見るがいい」
インジェンが指さした先――棺の横腹に彫られたレリーフを、俺は改めて観察した。
「何だか、鳥……みたいなのが彫られてる?」
「ただの鳥ではない。鳳凰だ。……このような棺を作ることが許されているのは、皇族のみ。しかも、鳳凰は皇后の象徴だ……つまり、ロウ・リン公主が、我が先祖にとって……ただの『前王朝の皇帝の娘』というだけの存在ではなかったことを意味している」
「ど、どういうこと……? ええと、ロウ・リン姫には確か、婚約者が居たんだよな? 自分を助けに来なかった王子を、恨んで死んだって……インジェンの先祖が横恋慕してたってこと?」
「いや、そうではない。その婚約者の王子こそが、現在の帝国・トゥーランを開いた太祖、グンドだった……そう考えるのが自然だ」
「えっ」
驚く俺に、インジェンは尚も続けた。
「彼は、ロウ・リン姫を助けるために挙兵した。だが、北西の果てからの行軍では、彼女の命を救うのには間に合わなかった。……せめて、このように墓を作り、自らの伴侶として手厚く姫を葬ったのだ。この棺は、グンドとロウ・リンが結婚したならば、彼女は皇后になる筈だったから――」
「ええっ……何で……そんな大事なこと、今、誰も知らないことになっちゃってるんだ……!?」
「太祖は後に一族の身分の高い娘と政略結婚し、その娘が皇后となっている。グンドとロウ・リン公主との関係は、現皇后とその一族の手前もあって、抹消されたのだろう」
「そ、そうか……」
出来たばかりの王朝は、基盤も脆弱だっただろうしなあ。
で、今分かった衝撃の事実を踏まえると……。
「ロウ・リン公主は、婚約者に裏切られた訳じゃあ無かったんだ……。王子はちゃんと助けに来たのに、間に合わなかったんだな。彼女と結婚は出来なかったけど、この立派な棺で、姫への愛を示した……」
長い髪を揺らしながら、インジェンが頷いた。
「……ロウリンの死体は井戸から出された後暫くは、城の一角に埋められていたらしい。来世に公主と結ばれることを願って、グンドがこの墓を作り葬り直すと、呪いがしずまったとある。棺には当然、弔いの品々が入れられたはず……そして、その品の中のどれかが、恐らく――彼女の呪いを長いこと抑えていたのだと思う」
「もしかして、ロウ・リン姫の呪いが今ごろになってインジェンにかけられた理由って」
ハッとして、割れた石棺を見下ろす。
インジェンは静かに頷いた。
「恐らく呪いが始まった五年前……この墓の盗掘被害が起こったのだろう。副葬品はおろか、遺骸に掛けられていた絹の布団や、身に付けていた着物までも剥ぎ取られ、遺体は裸同然にされてこの墓に取り残された……」
死体が被ってた布団までって、それ、高く売れるんだろうか。かなり悪意を感じるな……。
「こんなひどいことされたら、呪う気持ちも分からなくもないけど。何だって相手が盗賊じゃなくてインジェンなんだ」
「それは仕方がない。彼女が生きていた時の悲しみや苦しみ、悔しさは、やはり我が一族に一番に向けられていただろうから……そして、その呪いを抑えていたものはきっと」
言いかけたインジェンの頭の上で、金属同士を激しくぶつけるような音がした。
「なんだ……!? まさか、兵に見つかったのか……!」
「とにかく、早く上に出よう……!」
インジェンと目くばせし合いながら、俺たちは朽ちた階段を駆け上った。
提灯を地面に置き、狭い出口から外へと這い出ようとした途端、
「インジェン殿、リュウ! そこに居ろ!」
カラフの大声が聞こえてきて、身体が強張った。
地上に這い出て、何事かとみれば、カラフが黒衣を纏った何者かと剣を切り結び、戦っている。
カラフも相当な剣の使い手の筈だけれど、相手もかなり腕が立つのか、恐ろしいスピードで、互角に切り結び合っていた。
黒衣の男は目だけを出して、後は黒い布で顔を覆っている。
その鋭い眼光が俺たちを捉えると、男はカラフを相手にするのを突然やめ、真っ直ぐにこちらに向かってきた。
「危ない!!」
叫びながら、俺はインジェンに体当たりして、諸共に地面に転がった。
一瞬前までインジェンがいた場所を、覆面男の剣が切り裂く。
「チッ……!」
男は素早く剣を構え直し、地面に倒れた皇子に向かってもう一度刃を振り下ろした。
「やめろ――!!」
咄嗟に、俺はがばりと、倒れているインジェンの身体の上に覆い被さった。
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