刺客

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刺客

 鋭い剣が俺の背中を差し貫いた――と、思ったのに。  何故か、激しい痛みに襲われることは無かった。 「――クソッ、何を……っ!」  うめき声にハッとして上体を起こして見ると、カラフが覆面男の背後を取り、太い腕で首を締め上げている所だった。 「ぐぇ……っ!」  男の手から力が抜け、剣が地面に落ちる。  よ、良かった〜〜、死ぬところだったぜ……。  冷や汗がどっと噴き出るのを感じながら、腕の間で倒れているインジェンに呼び掛ける。 「インジェン、無事か……!?」  がばりと起き上がったその顔は、普段に増して血の気が失せ、真っ青だ。 「……ぶ、無事か、だと……!?」  花びらのような唇がわなわなと震えている。  あちゃー、いきなり突き飛ばしたから怒ってる!? 「も、申し訳ございませ……」  思わず奴隷モードの土下座で謝ったけど、反応がない。  恐る恐る目を合わせると、綺麗な二重の切長の瞳から、涙がポロポロ溢れ出していた。 「何故、私を庇った……!? お前がっ……お前が死んでしまったら、私は」  その透明な宝石みたいな涙を見て、俺の方が衝撃で動けなくなった。  俺は何か考えて、インジェンを庇った訳じゃない。  ああする他に彼を守る手段が無くて、実際に身体が動いてしまっただけだ。  そんな無意識の行動に、まさか泣いてくれるなんて思わなかった……。 「俺は死んだりしないよ、大丈夫だ……だって、俺は妖魔の世界からきた男だぜ」  慌てて冗談ぽく言ったら、ガバリと抱きつかれた。  背骨が折れてしまうんじゃないかと思うぐらい、そのまんま、強く、強く両腕が俺を抱き締めてくる。 「もう二度とこんなことはするな。私は自分の身は自分で守れる!」  その温もりが本当に嬉しくて、心配かけて申し訳ないけど、有り難くて。  こんなに心を痛めてくれるなら、いつか本当に、インジェンの為に死んでもいいかもしれないな……なんて思ってしまった。  さっきの行動も、こんなこと考えちゃうのも、もしかしたら「トゥーランドットのリュウの呪い」かも知れないけれど。  インジェンを好きになればなるほど、俺はだんだん、大切な誰かを守って死ぬ為に、この世に生まれてきたんじゃないかって気がし始めてる――。  一瞬目を閉じ、インジェンを抱きしめ返してから、俺は彼に囁いた。 「……インジェン、ごめん。それよりも、離してくれないと、ハリル様が――」 「……あ」  完全に忘れてた、という顔でインジェンが口に手を当てる。  二人で支え合いながら立ち上がると、すでに男はカラフの腕を強引に振り解き、逃げていった所だった。 「申し訳ない。取り逃してしまった」  カラフが頭を抱えて悔しがっている。 「すぐに加勢できず、申し訳ありません……!」  謝ったけど、首を横に振られた。 「いや、私の落ち度だ」 「――あの男は誰だ。警備の兵士か?」  インジェンがいつもの冷静な表情を取り戻し、カラフに尋ねる。 「違う、あの男は兵ではない……。服装も剣の腕も一介の兵士のそれではないし、剣術も正攻法のそれではなかった。暗殺の腕を持つ、誰かに雇われた――刺客だ」  刺客……!? 「恐らくあの男は、私たちを密かに追ってきていたのだ。私が一人になった途端に、後ろからいきなり斬りかかられたのでな」  カラフが、服が斜めに切り裂かれて、血を流している右腕を見せた。 「大丈夫ですか……!?」 「深くはない。殺気に気付いて間一髪で避けた」  さすがは戦争で苦労しているだけのことはある。  地上に残ったのが俺やインジェンだったら、確実に死んでいた……。 「……最初は、ダッタンから私を追ってきたロサの刺客かと思ったのだ。だが、あの男は、さっきインジェン殿の姿を見た途端に、真っ直ぐにインジェン殿を狙いに向かった。何か、心当たりはないか? 貴殿がここで目的を果たすことを、快く思わない人物だ」  カラフの視線が真っ直ぐにインジェンを射抜く。  インジェンはしばらく考えていたが、首を横に振った。 「……残念ながら、心当たりはない。……だが、ここに来た目的は果たした。ハリルのお陰だ。礼を言う」  素直にそう言って拱手したインジェンに、俺はビックリした。  あのプライドの高い彼がまさか、カラフに頭を下げるなんて思っていなかったから。 「私は当然のことをしたまでだ」  カラフは破顔してから、直ぐに真顔に戻り、もと来た道を指さした。 「それよりも、目的を達したならばすぐに逃げるぞ。そろそろ兵士にも気付かれる頃だ」  闇の向こうに、提灯の灯りが山ほど迫ってきているのが見えていた。 「……私が灯りを持って囮になり、兵を引きつける。リュウ、お前はインジェン殿を守り、私とは逆の方向へ行くがいい!」 「でも、カ……ハリル様は……! お怪我もなされているのに大丈夫ですか!?」 「これくらいの擦り傷、何の問題もない。――リュウ、先程、自らの身を呈してインジェン殿を守ったそなたの行動は、誠に立派だった。ますます、お前という男に惚れたぞ」  そう言うとカラフは俺の前に来て、いきなりガバリと俺を抱き締め、唇を奪ってきた。 「!!」  それは本当に一瞬だけで、舌すら入らなかったけど、俺とインジェンを激昂させるには十分な仕打ちだった。 「な、な、何するんですかっ!?」  全くもう、カラフは本当にいい人なんだけど……主人公ゆえの万能感なのか、時々とんでもないことをやってくれるんだから!  案の定、氷の皇子の尖った冷気が俺とカラフを貫く。 「貴様……!!」  殴りかかったインジェンを、カラフはさっと身を捩っていなした。 「おっと、喧嘩している暇はないぞ。さあ、早く行け!!」  そのまま、後ろ走りでカラフが離れていく。  俺の隣でインジェンが怒り狂って吠えた。 「ハリル!! 貴様、都に来い。再び会ったら、必ず決着をつけてやる!!」 「それはごめんこうむる。……リュウ、都で会おう! 必ず生きて帰れ!」  最後に俺に向かって叫び、カラフは背を向けた。  地面に置かれていた提灯を取り、見張りの兵達を扇動する為、明後日の方角へと走り始める。 「リュウ、あいつめ、私を無視したぞ……!」 「そっ、そんなことはいいから。インジェン、ハリル様が囮になってくれてるうちに、早くここを出よう……!」 「……っ、分かった……!」  俺とインジェンは手に手を取り、カラフとは別の方向へと、闇を裂いて走り出した。
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