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新たな挑戦者
俺はインジェンに引きずられるようにして、俺がかつて謎に挑戦し、正体を暴かれた、謁見の間へと連れて行かれた。
うなぎの寝床のように細長い部屋の左右に居並ぶ、立ち合いの皇帝腹心の大臣達。
一番奥には、老齢の皇帝が玉座に座り、その隣に、金のアクセサリーと煌びやかな旗袍を纏った、輝くばかりに美しいインジェンが座る。
俺は、おつきの者としてその足元に膝を折り、下を向いて平伏していた。
盗み見たインジェンの顔色は、いつもに増して青白い。
今にも倒れてしまいそうなほどだ。
たしかに……もう……呪いを解いている時間はなかったのだ。
その事を、何より彼自身が知っていた。
それなのに、俺は……酷いこと言ったのかも……。
悔いていると、部屋の入り口に立つ宦官が、王子の到着を宣言した。
「新しき挑戦者の王子様が来られました。さあ、王子様。どうぞ奥へ!」
一体、どんな王子が来るんだろう――。
背中に太陽の逆光を浴びて、体格のいい、精悍な男の影が近づいてくる。
俺は、わざと考えないようにしていた可能性が、少しずつ高まっているのを……ひしひしと強く、感じていた。
「七王家、ダッタンの王子様。――たった今到着なされました……!」
ああ、まさか。
まさかこんな事があるなんて、どうしたらいい!?
「――皇帝陛下に拝謁を賜りまして、恐悦至極に存じます。わたくしはダッタン王家の王、ティムールの第一王子」
優雅な仕草で跪き、佩いていた剣を足元に置いて、カラフは見事な所作で皇帝への礼を尽くした。
星のような瞳が切実な願いを込め、皇帝へと向けられる。
「恐れ多いことではございますが、実はこの場には求婚ではなく、お願いがあって参りました。――都の北の外れの監獄に囚われております、リュウと申す罪人のことで御座います」
カラフの穏やかで芯の強い声音が俺の名を呼び、驚いた。
彼はかつて自分の言った通り、俺を助けに来たのだ。
この、危険に満ちた場所へ――。
ああ、声を出す事が、顔を上げる事が許されるなら、叫ぶのに。
俺はここにいます、無事です、と……!
けれどそれは叶わず――代わりに、俺のそばにいるインジェンが声を上げた。
「ハリル……そなたは、王子であったのか……!?」
その声に気付いて、カラフは初めて、皇帝ではなく、インジェンの方へと視線を移した。
目と目が合い、――そして、見えない何かの力が、二人の間の因縁を強く結びつけてゆく。
「お……うおお……お……」
カラフの身体が、雷に打たれたかのように、ワナワナと大きく震えだした。
その瞳が見開かれ、大きな口がくわっと開かれて、今にも叫びだしそうだ。
そして、彼は本当に、ほとばしる感情を全身に溢れさせ、言葉にも載せた。
「なんと……何と、世にも稀なる美しさだ……! ああ、今、この瞬間に私にはわかりました……あなた様こそ、私の運命の姫君! トゥーランドット公主様で御座いますね……! ああ、何という事だ……っ、これ程までの美しさとは……!」
カラフは感極まって両手で顔を覆い、天を仰いでいる。
俺はといえば、この目で実際に見るロウ・リン姫の呪いの余りの強力さに、開いた口が塞がらなかった。
カラフ、そこにいるのは、女装はしているけど、どう考えても数日前まで一緒に旅をしていたインジェンじゃあないか!?
インジェンの女装姿だって、カラフは散々見てただろ!?
あの時は、全く動じていなかったのに……!
目の前にいるカラフは、そのことに微塵も気付かないどころか――今、正に、身も滅ぼすような激しい恋に落ちてしまったのだ。
「ここで麗しきあなた様のお姿を見てしまったからには……! 私はもう、尊い姫のことしか考えられません! どうかお慈悲を……私に、この場で三つの謎を与えたまえ! 私は必ずや全ての謎を解き、あなた様をこの熱い胸に抱きしめましょう!」
告白から始まり、熱情に溢れた求婚をし始めたカラフを、インジェンは冷めた様子で見ていたが――その内に、クスクスと笑い始めた。
「……一体、何の皮肉だ……。まさか、お前がやってくるとはな。リュウ、お前は私に黙っていた事があったようだな。後で色々と聞かせて貰うぞ……!」
刺すような厳しい視線が、一瞬俺に向けられる。
呆然としたままだった俺はハッとして、今の事態の深刻さを自覚した。
――インジェン、駄目だ……!
この展開はヤバいんだ。
何故なら、カラフは……!
カラフこそが、全ての謎を解いてしまう、この物語の勝利者だから……!
どうにかして、この挑戦を止めなければ。
気付かれないように、インジェンの旗袍の裾を掴んで引く。
だが、既に謎かけは始まっていた。
「……昏き夜に飛ぶ虹の幻影。闇の中を翼を広げて高く舞い、世の誰もがそれに焦がれ、探し求める。――だがその幻影は夜明けとともに死に、かき消える……心の奥底に毎日生まれ、毎日儚く死んでいくもの……! それは何だ……!」
厳しい声でインジェンが問い、カラフは瞳にうっとりと恋情を焦がしながら、いとも簡単にその謎に答える。
「それは、希望だ……!」
おおっ、と、部屋中の誰もの口から、驚きの声が上がった。
殆ど考える間もなく、正しい答えを投げつけてきたカラフに、誰もが驚愕していた。
「なん、だと……!?」
「この男……まるで、答えを知っていたかのようではないか……!?」
大臣達が、口々にヒソヒソと噂話を始める。
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