俺の話を聞け

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俺の話を聞け

「ああ、なんてひどい……、むごいことを……」  カラフが拳をワナワナと握りしめて絶句している。  まるで悪い夢を見ているような気分だ。  俺の見たものが間違いでなければ、離れた首のその顔は、たしかに笑っていた。  彼は幸せだったのだ。  最後に一目、遠くから姫の姿を見ることができて。  そして、姫のために死ぬことができるのが幸せだった。  完全に狂ってる。  ――公開処刑のクライマックスが終わり、人々の群れは、陰鬱にノロノロと散じ始めていた。  疲れがどっと肩に乗ってきて、頭がクラクラする。  カラフが俺の肩を抱き、背中を撫でた。 「……私は長年の(いくさ)で見慣れているが、こういうことは本当に気分の悪いものだ。こんな所にいつまでもいてはいけない。宿賃を渡すから、二人は宿でゆっくりと休むがいい」  ハッとして、俺はカラフの精悍な横顔を見つめた。 「せっかくお会いできたというのに、私たちと離れ離れになるとおっしゃるのですか!?」  爺さんと、積もる話とかあるだろう……!?  という意味で聞いたんだけれど、なぜか、カラフは微妙に頬を赤らめた。 「……私もそなたから、今までの旅の話を聞きたいが……私には、やらねばならない事があるのだ」  彼の思い詰めた口調を怪しんで、爺さんが話に入ってくる。 「我が息子よ……やらねばならないこととは、何なのじゃ。わしはお前と募る話がしたいぞ」  するとカラフは陰鬱な表情でしばらく黙り込み、大きく深呼吸してから言った。 「父上。私は、ここに一人残り、トゥーランドット姫に求婚するつもりです」  なんでやねん!!  っと乱暴なツッコミを入れかけて、必死で口を押さえた。  だって、さっきカラフはトゥーランドットを見なかったはずだ。  恋に落ちるのは防いだはずなのに!? 「な……何を言っておるのだ、カラフ!? 今のむごい結末を見たであろう。破滅しかないのだぞ!?」  爺さんも泡を食って止めたが、カラフは動じない。 「なぜじゃ……! お前まであのトゥーランドットに恋したというのか……」 「いえ。……ですが父上、私は元々、トゥーランドットに求婚するためにこの都に参ったのです。……七王家の王子たちの悲劇を、誰かが終わらせなければ」 「そんなこと、出来るわけがない。誰も謎を解いたものはいないのだぞ!?」 「しかし、この五年で二十人以上の各国の王子が殺され続けているのですよ……!」 「だからと言って、殿下がそれをしなければならない理由はございません!」  俺も足元にすがって必死で止めたが、カラフは首を横に振った。 「私はもう、祖国が滅びた身。この悲劇を止める挑戦をするには、養うべき民を持たぬ私が、一番ふさわしかろうと思う。捨て鉢と思われても良い。……私は明日、死ぬことになるかもしれないが、リュウよ、私の父を見捨てずに、これからも面倒を見てやってくれ」  その言葉に、俺は完全にブチ切れてしまった。  猛然と拳を握り、カラフの頬をグーで思い切り殴りつける。 「身勝手にも程があるわーっ!!」  敬語も、奴隷の立場もかなぐり捨てて、俺は伊勢崎 龍としてカラフ王子をぶっ飛ばした。  地面に尻餅をついたカラフが、一体、何が起きたのか分からないと言った目で、頬を押さえながら俺を見ている。  無理もない。  「トゥーランドット」のリュウは、ひたすらにカラフに従順で慎ましやかな乙女だった。  彼女は、「お聞きください王子様。貴方様が死んでしまったら、私、耐えられません。ヨヨヨ」と女らしくすがって、結局突っぱねられた。  だが、俺は容赦しねーぞ!! 「てめえ、9年もアカの他人に自分の父親のシモの世話までさせておいて、今後もよろしくって、ふざけてんのか!! どうせ祖国が滅びた身って、勝手にヤケクソになってるけど、ずっと心配し続けてた爺さんの気持ち、考えたことがあんのか!? あと、爺さんと二人きりで9年もアチコチさまよってきた俺の気持ちは!?」  この9年間の鬱憤を叫びたいだけ叫び散らした俺に、爺さんも顎が外れたみたいになっている。 「りゅ、リュウ……? そなた、一体どうしたのじゃ。妖怪にでも憑かれたのか……!?」 「憑かれたわけではございません。キレただけです」  笑顔で凄みながら答えると、爺さんはすっかり怯えて頭を抱えてしまった。 「リュウが、わしの可愛いリュウがおかしくなってしまったぞ、カラフ! どうしてくれるんじゃ。お前が姫の謎になんぞ、挑戦したいなどと言い出すから!」 「わ、私の責任ですか!?」  カラフは混乱しながらも、人柄の良さなのか、地べたに這いつくばったまま、俺に向かって頭を下げ出した。 「すまなかった、リュウ。一時の気の迷いで、私は馬鹿なことを言ったようだ。どうしても、トゥーランドットの横暴が、見過ごせなかったのだ……!」 「大丈夫です! それに関しては、私がやらせて頂きますのでっ! 殿下はご安心を!」  授業中のやる気のある生徒みたいに手を挙げて叫んだ俺に、爺さんとカラフが目を丸くして、跳び上がった。 「りゅ、リュウ……!?」 「血迷ったのか、リュウ。求婚は王子に限るという触れが出ているのだぞ」  目を白黒させる二人の前で、俺は静かに跪いた。  ついに、この時が来たのだ。  人生を一発逆転するチャンス。  俺の死亡フラグを折って、超絶美人の嫁さんと左うちわで幸せに暮らす……その、チャンスが。 「……恐れ多いことですが、私を今だけ、陛下の養子ということにして頂けませんでしょうか。遥か彼方にあるダッタンの王子の名前や顔を正確に知っているものは、ここには誰もおりません。私が姫の謎を解き、姫と結婚できましたら、皇帝の座はすぐにカラフ様にお譲りいたします」  俺の目的はあくまでも奴隷脱出と、玉の輿だ。  皇帝の座は、面倒だし、本人も多分欲しがってるから、カラフに渡すに限る。 「このような危険な挑戦は、ぜひ、私を代わりに行かせてくださいませ」  俺が「リュウ」の仮面をかぶりなおして言った言葉に、ティムール爺さんがむせび泣きし始めた。 「リュウ……っ! そなたは、なんと男気のある奴隷なのじゃ……!」 「リュウ……! 謎が解けず、殺されてしまうかもしれないのだぞ!? その上もし、お前が本当は奴隷の血を引く身分とバレたら」 「その時は、その時です。――それでは、カラフ様。陛下をお頼み申し上げます。かならずや、姫の虐殺を止め、トゥーランの帝位を貴方様に捧げましょう」
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