眠ってはならない

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眠ってはならない

 インジェンは俺をそのまま引き摺って戻り、城の外れの翠玲宮の自室に引きこもった。  扉も窓も全て閉め切り、人払いをして、伽羅の香りのする部屋が完全に二人きりの空間になると、彼は俺の目の前で、自分の衣装を引き裂くように乱暴に剥ぎ取って床に捨て始めた。  繊細な髪飾りや長い付け爪が、壁に刺さりそうな強さで俺の足元に投げられ、結った髪が指でグシャグシャに解かれる。  顔の化粧も、濡れた布で乱暴にぐいぐい拭きとって、その後は、まるで鬼女のようなひどい有様になった。  一部始終を見守ることしか出来ない俺に、インジェンが叫ぶ。 「リュウ、全てお前のせいだ……! お前は私を裏切り、騙した……!!」 「違う……」  俺は、壊れた機械のように、否定しかできない。 「違う!? お前はなぜ、あの男がダッタンの王子だということを黙っていた!? お前が、ダッタンの王の奴隷だったことを、黙っていたのだ!?」  俺は床に這いつくばって土下座したまま、呻いた。 「私は、お会いした時からすでに重罪人でした、殿下……。言えば、彼らに迷惑がかかると思ったのです……」 「言い訳も甚だしい……!! 貴様は、あの男と最初からグルだったのだ……! 私に希望を与えたように見せかけながら、呪いに逆らい、死ぬように仕向けた!」  インジェンの目が、血走って真っ赤になっている。  もうこれ以上に傷付くことなど、死なない限りは出来ないと言わんばかりの悲痛な声が俺を苛む。  この人の心を絶望に突き落としてしまったのは俺だ。  ただ、この人を救いたかっただけなのに。  都に来たのは自分の為だったけれど、途中からは、本当にそれだけだったんだ……。 「お前は妖魔の知識で、秘密の答えを全てあの男に教え、次の皇帝となるように仕向けた。ああ、それなのに……それなのに私はお前のことを……っ」  内衣だけになったインジェンが、文机の引き出しをぶちまけて、中から装飾のついた護身用の短刀と薬壺を出し、カーテンの開いた寝台の上にそれらを放った。  次いで、俺の腕を強く掴み、引きずって寝台の方へと乱暴に引く。  俺は抵抗もせずに、ただ、されるがままに従った。  インジェンが独り言のように、恨みの言葉を重ねる。 「……お前は奴隷の身でありながら、何という策士だ。そしてこの私は……呪いの道具でありながら、お前という妖魔にも騙された、情けない操り人形だ……!」  もう、ダメだ。  築いた信頼は粉々に壊れた。  ――この人には、俺が何を言っても届かない。  インジェンが、俺の身体を強く押して、寝台の上に転がす。  彼は俺の上に馬乗りになり、短刀の鞘を抜いて床に捨てた。  俺は仰向けになったまま、止まらない涙を拭うこともせず、力なく声を上げた。 「……そこまでおっしゃるなら、もう、申し開きはいたしません……。さあ早く、私を、殺してください、殿下……」 「殺す前に、お前に聞かねばならない事がある。あの男の名だ! あの男の命より、私の命を選ぶのなら、今ならば許してやる。さあ、名前を言え……!」 「――それは、出来ません」 「何故だ!!」  間近に見るインジェンの、苦痛に歪んだ素顔は、化粧の残骸で汚れていてもなお、美しかった。  俺のせいでボロボロに傷付いているその人に、更に残酷なことを言うことしか出来ない。  だって……今ここでカラフの名を明かしたら……俺は、死ぬよりも後悔するから。  代わりに俺が出来たのは、ただ、感情のままに泣き喚くことだけだった。 「だって、出来ないよ……!! 俺だって、インジェンの命を救いたい!! でもその為に、何度も助けてくれた……さっきだって、ただ俺を助けにきてくれただけの、あの人の命を犠牲にするのは間違ってるだろう……!? 間違っていることを、俺はできない……! インジェンにもさせたくない……!! ごめん、本当にごめんっ、インジェン……っ!!」  叫びながら泣きわめく俺の上で、インジェンも涙を流して泣き出した。 「クソ……っ、お前はどうして……っ、いつもっ、私の思い通りにならない……!! リュウ、私はお前のそんな所を、どんなにか――」  泣きながら、インジェンの右手は鋭い刃を俺の首にあてた。  同時に、その左手は、俺の首と顎の間についた傷に、この上なく優しく触れる。 「お前に奪われた私の心を返せ……! 裏切られたのに、まだ、お前のことがこんなにも、愛しい……! お前の顔を見ればこそ、人の首を切ってでも生きていたくなるのに……!」  俺を殺したい手も、慈しむ手も、矛盾しているようで、紛れもない彼の本心だった。  その場限りの恋人ごっこだと思っていたのに、インジェンは、こんなにも強く、狂おしいほど俺のことを愛していてくれた……。  そのことにやっと気付けたのに、俺はもはや、彼になんて返すのが正解なのかも分からない。  俺も愛してるんだと言えば、きっと、もっと疑われる。  だからもう、謝ることしか出来なかった。 「ごめん……ごめんなさい……許して……あなたの命を救えなくて、ごめんなさい……他のことなら、何でもする……何でもいうことを聞くから……!」 「駄目だ、あの男の名前を言え……!」  インジェンが、俺に与えてくれた高価な赤い長袍の胸を、短刀の刃で無惨に切り裂いてゆく。  内衣まで全てズタズタにされて、靴を無理やり脱がされ、上から下まで……性器も、全部晒された。 「……っ、インジェン……!?」  羞恥に狼狽しながら叫ぶと、インジェンが泣きながら笑った。 「お前は痛みに強い。苦痛を与えたとしても、口を割らないだろうことはもう分かっている……。だから身体を開かせて、心も私の意のままにする。……この薬を使って……」  インジェンが、床に短刀を落とし、代わりに布団の上に放られていた、小さな白い薬壺を指差した。 「――宦官たちが、張り型で自分や他人を慰めるときに使う媚薬だ」  び、媚薬……!?  何か、ヤバい麻薬のようなものだろうか。  そんなものを使われて、俺はちゃんと正気を保っていられるんだろうか……!?  恐怖に青ざめる俺の耳元にインジェンが唇を寄せる。 「……ここでお前の身体を抱くことを、どれだけ私が待ち望んでいたことか。……お前が何もかも初めてだというから、優しくしてやろうと思っていたのに……とてもそんな気分にはなれぬ」  唇の片端を歪め、インジェンは自らの内衣を脱ぎ捨てた。  目の前にある、彼の太腿の間の陽物は、萎えていてもなお大きくて、涙に濡れた少女のような顔立ちとやはり、結びつかない。 「他のことなら何でもすると言ったな、リュウ。……まずはお前がこれを、唇で咥えて、舐めて勃たせろ。……歯を立てるな」  命じられて、俺は固唾を呑んで頷き、彼の下からゆっくりと這い出るように身体を起こした。  四肢に残った布の切れ端を落として全裸になり、インジェンの、軽く折られた長い脚の間に身体を入り込ませ、四つん這いで彼の股間に顔を埋める。  汚れていない男のふりをすることは、ここでは最早なんの意味もなかった。  だから俺は、俺の知っている……苦くて、辛い経験で染み込んだ、全ての方法を使って、インジェンを悦ばせることにした。  垂れ落ちる前髪を耳にかけてから、直ぐには竿に触れず、白い太腿や、綺麗に割れた下腹、薄い陰毛……周りから、ゆっくり焦らすようにキスを落としていく。 「……っ……!?」  口の中に唾液をたくさん溜めて……淫らな上目遣いで見つめながら、まずは彼の睾丸にしゃぶりつく。 「……は……!? どこを舐めて……、ック……はぁっ……っ」  片方ずつ、玉を唾液まみれにしながら、重みのあるそれを口の中で転がし、袋の縫い目も、優しく舌先で愛撫する。  淫靡な音を立ててねちっこくしゃぶるうちに、竿が少しずつ反応してくるのを見計らって、つぅ……っと、下から舌を這わせ、いかにも美味しいものを舐めて味わうみたいに……舌の真ん中を密着させて、ゆっくりと行き来を繰り返す……。 「あ、あ……あ」  目を見開いてビックリしながらも、快感に喘ぐインジェンが余りにも可愛くて……今まで、他人のチンポをしゃぶってても、勃起したことなんてなかったのに……今は、俺も痛いぐらい勃ってきていた。  垂れてきた先走りも勿論、しつこいほど舌を往復させて舐めとって、わざと音を立て、鈴口にジュルッと吸い付く。  そのまま亀頭をくわえ、頭を振りながら下品に舌で舐め回し、指を使って、優しく竿を扱き立てて、追い詰めていく……。 「やめろ……! 出る、クソ……!! やめ、ああ、あ!!」  ――恐らくだけど……普段彼が相手にしている宦官は、幼い頃に男根を切除していて、ペニスのどこが感じやすいのか、ツボのようなものが分からなかったのだと思う。  男のツボを分かって愛撫するフェラをされたのは、きっと初めてで……だからだと思うけど……俺のフェラなんかで、インジェンは多分、三分もしないうちに、俺の口の中であっけなくイッてしまった。  喉奥に溜まった濃い苦味の塊を飲み下している最中に、インジェンの手が俺の髪を強く掴む。  無理やり頭を引っ張り上げられて、羞恥に顔を真っ赤にした相手に責め立てられた。 「リュウ……! おま……お前っ。男を知ってるな……!? 初めてだと言っていたのに……あの言葉すら、嘘だったのか……!?」  その表情は、快楽責めするはずだった相手に、先に返り討ちにされてしまった屈辱に溢れ、涙を滲ませていて……俺はクッと喉で笑った。  ――結果的に、俺はインジェンを……更に猛烈に傷つけたらしい。  ――なんて皮肉な話だろう。  もう、自暴自棄な気分だ。  俺は大量に放出された精の残滓を舌先に乗せ、それを自分の唇に塗りつけるように舌なめずりし、わざと淫らに微笑んでみせた。 「慣れてちゃ、悪いかよ……。俺だって、今まで生きる為に必死だったんだ。……城の中でかしずかれて、何不自由なく育った訳じゃない」  カッとなったのか、俺の髪を掴んだままの彼の手元で、ブチブチと髪の抜けるひどい音がした。 「この……っ、汚らわしい奴隷め……!!」  ――そうだよ。俺は、汚い奴隷だ。  綺麗で純粋に育った皇子様には、最初から相応しくなかったんだ。  本当にごめん。  今更気づかせるなんて……本当に酷いことをした。  可哀想な、世間知らずの、俺の雛鳥。
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