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王宮三兄弟
俺の言葉に、カラフもまた肩を震わせて男泣きし始めた。
「リュウ……! そなたの勇気、心意気に、私は感服した。そなたに殴打され、目が覚めたような気分だ。――分かった、もう止めはしない。……だがもし、そなたが捕縛されたり、処刑されるようなことがあれば、私がこの命に変えても、必ずそなたを助けにいくと誓おう!」
おお、主人公が、俺の味方になってくれたぞ!?
こりゃあ、安心感が断然違う。
万が一俺が謎解きに失敗しても、カラフが助けてくれるなんて、願ったり叶ったりだ。
俺は満面の笑顔を隠しつつ、深くカラフに拱手の礼をした。
「ありがとうございます、殿下。それでは、私は行ってまいります」
別れを告げると、なぜかカラフの瞳が妙に情熱的にこちらを見つめてくる。
ちょっぴり疑問を感じながらも、俺は広場の真ん中へと足を踏み出した。
意気揚々と目指すは、仁天門広場のやぐらの下に置かれている、人の大きさほどもある巨大なドラだ。
ドラって、みんな、見たことあるかな。
でっかい金属製の皿みたいな形のヤツが木枠にぶら下がってて、バチで叩くと、ジャーン、としか言い表せないすごい音がするんだ。
姫の謎解きに挑戦する王子は、そいつを3回叩いて、宮廷のお使いを呼び出すルールになっている。
さっきちらりと見た、氷のように美しい姫の姿を思い出して、背中がゾクリとした。
もしも……もしも、謎を解くのに失敗したら……?
俺は、あのお姫様に殺されてしまうかもしれない。
カラフは、助けてくれると言ったけれど……。
さっき見た姫の、憂いを帯びた、白い顔を思い出すと、胸がザワザワする。
自分でも何故か分からない。
王子達のように、恋をしたとかじゃ無い。
なんていうか……自分と同類の人間を見つけた、っていう感じがしたんだ。
重い運命を無理やり背負わされて、そこから抜け出そうともがいている人間の目だった。
彼女と、話してみたい。
一国のお姫様ともあろう人が、どうして五年もこんな残酷なことを続けてきたのか、聞いてみたい。
謎を、解いた後で。
――覚悟を決め、俺がドラの近くまで歩いてくると、突然、三つの影が俺を阻んだ。
背が低く、顔を珍妙な白塗りにした三人のじいさんだ。
「帰れ! 頭のおかしいやからめ!」
「帰れ! この、勘違い野郎め!」
「帰れ! おめでたい頭の狂った若者め!」
彼らの声は妙に甲高く、耳に残る。
その声音と、足首まである青い長袍、赤い傘を被った姿からして、三人は王宮に勤める宦官のようだ。
宦官って、知ってる人も多いと思うけど……後宮で女の人の世話をさせても安全なように、チンチンを、玉も竿も、根こそぎ切られちゃってる男性のことだ。
異国の捕虜が刑罰的な感じでそうなることもあるけど、最近は立身出世を目当てに、貧しい出身の人が自ら志願してなったりするケースが多い。
彼ら3人はぴったりと肩を寄せ合い、ドラを守って俺の前に立ちはだかっている。
俺は憤然として抗議した。
「何なんですか、あなた達は。邪魔しないでくださいよ!」
「我ら、このドラを守る最後の砦! アホな挑戦者がドラを叩かんとする時、誰よりも速く駆けつける―― 王宮一の高速後ろ歩きを誇る我こそは、その名も高き、疾風のピン!」
「我こそは、ドラの音はもちろん、王宮に蔓延(はびこ)るあらゆる噂話を収集し、用意周到に式典を準備する、地獄耳のポン!」
「我こそは、物陰に隠れること鼠(ねずみ)の如く、王宮の隠し通路にも精通し、ドラの危機の際はもちろん、主人が手を叩けばいつでもどこでも現れる! 神出鬼没のパン!」
「「「我ら、王宮三兄弟!」」」
どこかで聞いたような名乗りに出鼻をくじかれながらも、俺は頑張ってツッコミを入れた。
「ちょ……三人揃ってピン・ポン・パンって。あなた方、ネーミングがいい加減すぎでしょうが」
「小説家になろう」の面倒くさがりの作者が付けたみたいな名前に呆れながら、俺はうっすら思い出した。
そういえば、こんな人達、『トゥーランドット』にいたわ。
カラフがドラを打とうとしたら、むちゃくちゃに邪魔しにきてた人達だ。
今回の挑戦者は俺だから、俺がこの三人をクリアしなきゃならないらしい。
俺は、あえて彼らに刺さりそうな言葉を選んで攻撃した。
「俺は正気です。正直、あなた方みたいな脇役には全然、興味ないんで。どいてください」
「「「ガーン!」」」
ショックを受けたピンポンパンが、すごすごと後ろに下がってゆく。
その落ち込みぶりを見ていると、可哀想になってしまって、俺はうっかり、頭を下げて謝ってしまった。
「……ごめん。言いすぎた。あなた方、俺のことを心配して止めてくれてる訳で……本当は、いい人達なんだよね」
途端に、ピンポンパンが地団駄を踏みながら俺を取り囲む。
「勿論じゃ!! 我ら王宮三兄弟は、平和を愛する正義の味方!」
「せっかく美形に生まれたのに、なんで首を大事にしない!?」
「結婚もせずに死ぬなど、宝貝(ちんちん)の持ち腐れじゃ!」
アチャー、ついうっかり復活させてしまった。
「本当、ごめん。申し訳ないけど、これも俺の玉の輿のためなんだよ」
説得モードに入ってみたけど、爺さん達はなかなか折れてくれなかった。
「そんなもんに乗れると本気で思っとるのか!」
「せいぜい金玉の輿がいいところじゃ!」
「帰れ帰れ!」
三人の激しい波状攻撃に、仕方なく、別の方向からの説得を試みる。
「いや、俺には本当に、謎を解ける自信があるんだってば。俺が無事に玉の輿に乗った暁には、三人を、大臣とかに出世できるように頼んでみるから、許してほしい」
「だ、大臣……!」
三人がホワーンとなった隙に、俺は彼らの間をスッと素早くすり抜けた。
そのまま足を進め、巨大なドラの吊り下げられた木枠の足元に立つ。
「ややっ。やめろー!」
「後悔するぞ!」
「明日死ぬぞ!」
往生際の悪いピンポンパンを尻目に、俺は木枠に吊り下がっているドラのバチを手に取り、野球のバットのように柄をしっかりと握ると、得意のフルスイングで銅鑼を打ち鳴らした。
ジャアーン! ジャアーン! ジャアーン!
ビリビリと腕に伝わる振動と、耳を塞ぎたくなるような、物凄い音に堪える。
この、晴れがましいような、恐ろしいような音を聞いていると、俺のこれまでの人生が粉々に砕けて散っていくような気さえする。
俺の選択は、本当に正しかったのだろうか。
ふと、気付くと、足元におびただしい血の海が出来ていた。
まだ乾くことのない、ペルーサの王子の生々しい血だ。
上を見ると、櫓の上に斜めに立てかけられた槍が見えた。
その穂先に、拾われたペルーサの王子の生首が突き刺さっている。
血は、そこからポタリポタリと、俺の足元に垂れてきていた。
彼は、俺を見下ろしたまま、微笑んでいた。
――狂気と呪いの世界に、ようこそ、と。
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