呪い

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呪い

「……奴隷だと……? 奴隷の分際で、私の謎を解く自信があったと言うのか」  思い切り蔑んだ目で見られながら言われて、俺の方が今更ビックリした。  王子じゃないってことはバレてたけど、奴隷だってことはバレてなかったのか……。 「大した恐れ知らずめ。これからどんな風にお前が死ぬことになるのか、分かっているのか?」 「……分かっているからこそ、お伺いしております。謎が明らかにならなければ、すっきりと死ぬこともできません」  もはやこの世で失うものは何もない。  俺は腹を据えてトゥーランドットをじっと睨みつけた。  奴隷の俺が皇族と直接目を合わせることは失礼に値するが、そんなことももう、どうでもいい。  すると次の刹那、初めてトゥーランドットが、ふっと笑みを浮かべた。  大輪の白い牡丹の咲くような、あでやかでありながら清洌な微笑みを。 「奴隷の身で私の謎に挑戦しに参ったか……面白い。良いだろう。お前のその度胸に免じ、冥途の土産の戯れとして、話してやる。この私の秘密を」  ――そう言って彼が語り始めたのは、驚くべき物語だった。  ――お前も知ってのとおり、この国はたびたび支配する皇帝の血統が変わり、それによって国の名も変わる。  ……今、この国の名は私と同じトゥーランだが、それよりも一つ前……ファンという国であった時のことだ。  ファンの末期、天災が起こり、酷い飢饉が続いて、天下が(あさ)のように乱れに乱れた。  時の皇帝は救民の命令を発したが、官僚は腐り、軍は働かず、最後の頼みの綱の八王家――その当時は一周辺国家であったトゥーランも入れて八王家と呼ばれていた――の国々にも助けを求めたが、彼らもなかなか動くことができなかった。  ファンは各地で内乱状態となり、都は荒れた。  当時から皇帝の住まいであったこの紫微の城にも、財宝や女達を狙った賊が入り込んだ。  ファンの最後の皇帝と皇太子は、命からがら城を逃げ出した挙句、自らの行く末に絶望し、首を吊って果てた。  悲惨なのは、後宮に残された女達だ。  彼女らは狼藉者に犯された挙句、無惨に殺された。  とりわけ酷い目に遭ったのは、絶世の美女であった皇帝の娘ロウ・リンだ。  彼女は周辺国の全ての王子たちから求婚を受ける程に美しかった。  そしてその中の一人の美しい王子と婚約していたという。  華々しい婚儀のため、あとひと月で出立するはずであった彼女は、ならず者達に犯され、井戸に放り込まれて殺された。  ロウ・リンは、己を助けにこなかった婚約者の王子を、そして、ファンから恩恵を受け、皇帝に忠誠を誓いながら、その危機を救うことのなかった八王家の王族達を恨みながら、その生涯を閉じたのだ。  周辺国の王族達は、そんなファンの悲惨な最後を目の当たりにしても、一枚岩になることはなかった。  中には、皇帝即位の名乗りをあげた盗賊達の頭目に、自ら忠誠を誓う国すらあったほどだ。  一方その頃、我が祖先である初代皇帝、太祖グンドは、ファンの北西の周辺国、当時の八王家の一員であった。  トゥーランはファンの皇帝の要請に応じて唯一兵を挙げ、ファンへ入った。  彼は各地の内乱を抑え、賊を都から追い払い、民の英雄となった。  強壮な兵力と、民からの推挙の末、太祖グンドは新たな皇帝となり、ファンの版図であった広大な国を治めることとなった。  ここまでのトゥーラン建国の物語は、誰もが知るところだ。  だが、この城に染み付いたロウ・リン公主の悲しみは、消えることも薄れることもなかった。  時が経つにつれ彼女の深い悲しみ、恨みは、強い呪いへとかわり果てた。  そして時は百年ほどたち、十八年前、この国に一人の皇子が生まれた。  彼はインジェンと名付けられ、美しく健康に育ち、幼い頃から賢明で武勇に秀でていた。  長いこと子に恵まれなかった皇帝は大いに喜び、彼が十三歳の時、正式に皇太子とする儀式を行おうとした。  ところがその時、天に暗雲が渦巻き、王宮の井戸の中から一つの邪悪な霊魂が飛び出した。  それこそ、ロウ・リン公主の怨霊。  彼女は幼きインジェンに呪いをかけ、皇子は絶え間なく高熱の出る病に伏した。  南の山から高名な僧侶達が呼ばれ、どうにかして呪いを解かんと尽力したが、呪いは強力で、皇子は死の寸前まで追い詰められた。  その時、再びロウ・リンが現れ、寝室で苦しむ息子をそばで見守っていた皇帝に呼び掛けたのだ。 『――世継ぎの命を諦めたくなくば、妾の復讐を遂げよ。この美しい子に女の服を着せ、これからは、公主として育てるのだ。さすれば、病は癒えるであろう』  皇帝は動揺した。 『冗談を。この子は(ちん)の世継ぎであるぞ』 『冗談などではない。……病が良くなったあかつきには、この美しい子の女の絵姿を山ほどに作り、周辺国に撒くが良い。妾の呪いの力により、この都に足を踏み入れた七王家の王族達は、一目でたちまちに偽物の公主への恋に落ち、求婚するであろう。しかし、お前達は、秘密を漏らす訳にはいかない。偽公主を餌に彼らをこの城に呼び寄せ、一人一人を皇帝に相応しいかどうかを試し、もっともらしい理由を付けて殺すのだ。そして、その首を広場で高く掲げ、妾に捧げよ。……妾が首の数に満足した時、皇子の呪いは解けるであろう。だが、妾の望む通りにしなかったその時には……この子は呪いで死に至り、お前達の王朝は無惨に滅びるであろう」  皇帝は仕方なく、ロウ・リンの言葉に従った。  皇帝となるはずだった子は、男としての生を奪われ、病で死んだことにされた挙げ句、ロウ・リン公主の呪いの道具と成り果てた。  ――それがこの私。  トゥーランの姫、とだけ新たに名付けられた、トゥーランドットだ。  この秘密を知るのは、そば近くに仕える宮中の人間のみ。  秘密を漏らせば、ロウ・リンの呪いにより殺されると思い込み、誰もが固く口を閉ざしている。  私に求婚に来る者たち――ロウ・リンを見殺しにした王族の血を引く七王家の者どもは、呪いにより、私をひと目見ただけで激しい恋に落ちる。  それは狂気に近いほどの感情であり、私の元にやってきたときには既に、正気ではないことが殆ど。  彼らは謎に答えることができずとも、喜んで死に向かう。  だが、お前だけは違った。  お前は理性と期待に満ち溢れた静かな目で、私の前に立っていた。  ――それは、お前がロウ・リン公主の呪いの対象、七王家の血を引く王族ではないということだ。
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