囁く額縁

3/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
    「……起きてください、タカシさん。もう朝ですよ。会社に遅れますよ」  翌朝、俺を起こしたのは謎の女性の声だった。  美しく澄んだ水を思わせる透明感と共に、強い存在感も感じられる声質だ。名前は忘れてしまったけれど、一昔前に色々なアニメで主役を張っていた女性声優が、確かこんな声だったはず。  一瞬「俺、テレビつけっぱなしで寝ちゃったっけ……?」と思ったが、そもそも昨日は、深夜アニメなんて全く見ていなかった。  ならばこれは夢に違いない。寝起きのボーッとした頭でそこまで察しながら、声のする方に顔を向けると……。 「おはようございます、タカシさん。ようやく起きてくださったのですね」  壁に掛かった一枚のイラスト。  俺のヒロインのアル子が「よろしく!」と言わんばかりの仕草で、手を差し伸べていた。 「アル子はそんなこと言わない……」  俺の口から出たのはそんなセリフだった。正確には「アル子はそんな声じゃない。声質も口調も違う」と言うべきだったが、ボーッとしていたから仕方ないだろう。 「あら。私、アル子じゃありませんわ」 「じゃあ、誰……?」 「タブラ・マルギナータと申します。早速ですが……」 「いやいや、ちょっと待って!」  この辺りで、ようやく俺もきちんと目が覚めたらしい。現状の異常さを理解して、バタバタと手を振りながら会話を止めた。 「おかしいだろ? 絵と普通に話してるとか、自作のヒロインイラストに否定されるとか……」  口では「おかしい」と言いながらも、同時に「事実は小説より奇なり」という言葉が頭に浮かんでいた。  ヨクカクから送られてきたのは、ヨクカクが秘密裏に開発した魔法の額縁であり、中に入れた絵に命が宿るのではないか。これをネタにして小説を書きなさい、というのがヨクカクの意図ではないか。  そんな想像もしてしまったのだが……。 「あら。タカシさん、大きな勘違いをしていますわ」  タブラ・マルギナータと名乗った女性の声が、一歩引いたような口調に変わる。 「私、つまり喋ってるのは、絵の方じゃありません。その外側の、額縁の方です」    
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!