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しかし、紫がぱちくりと瞬きをしている間にそれは収まり、青年がこちらを見下ろしてくる。
「……大丈夫か」
随分と端正な顔立ちだ。頭一つ分違って、結構首を傾けて見上げないといけない。
「あ、ありがとうございました」
助けてくれたのだ、と思い出し、礼を失する前に深々と頭を下げると、「いや」と、ゆるゆると首を横に振る気配がしたので、再び視線を上げる。青年は顎に手をやり、先程までの刃のごとき雰囲気が嘘のように、柔らかな気配をまとっていた。
「余計な手出しだったらすまない」
「い、いえ!」紫は慌てて両手を振る。「私達だけだったら、今頃どうなっていたかわかりませんでした。本当にありがとうございます」
その言葉に、青年は明らかにほっとした様子を見せた。それから胸ポケットを探り、名刺入れを取り出すと、そこから一枚抜き取り、紫に向けて差し出した。
「経営コンサルタント……赤城誠一郎?」
肩書きは少々胡散臭いが、身の回りの状況からして、まともに稼いでいる事には間違い無いのだろう。ぱちくりと瞬きすると。
「怪我が酷くなったら、連絡をしてくれて構わない。治療費を出すから」
赤城青年は、ゆるりとした笑みを浮かべ、「それじゃあ」と車に向けて歩き出す。野間と呼ばれた青年が扉を開けて、赤城が後部座席に乗り込むのを待つと、静かに扉を閉め、自らも運転席に収まり、車はあっという間に走り去った。
夢でも見ていたのではないかという邂逅に、紫が車の去った方向をぽうっと見つめていると。
「ゆーかーりー!」
萌ががばりとこちらの首を抱え込む勢いで腕を回してきて、はしゃいだ声をあげた。
「何、何? 色恋に興味の無い紫さんが、ピンチを助けてくれた御曹司に恋しちゃった?」
「へーえ」大翔も興味深そうにうなずく。「紫って、ああいうのが好みなんだ」
「ちっ、違う!!」
両手と首を物凄い勢いで横に振るが、「赤くなってる、赤くなってる」と、萌達にからかわれて、意志とは関係無く心拍数が上がってゆく。
あのはしばみ色の瞳を思い出すと、頬が熱くなる。出会った事など無いはずなのに、『赤城』、いや、『アカギ』という名にも、懐かしさに胸が締めつけられるような感覚をおぼえる。
何故だろうと考えても、答えは返ってこない。
自分の炎の能力を知っている祖母の新菜なら、何か助言をくれるだろうか。帰ったら聞いてみよう、と紫は考えるのであった。
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