落園愛歌

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 行く手を阻む者は多数現れた。滅びによって訪れる死を恐れぬ反逆者どもと、そもそも滅びをもたらしに訪れたとしか思えない魔物。数多の敵を炎で焼き払いながら、廊下を駆ける。  神聖なる神殿内を走り回るな、と、セアラを疎む管理者にはよく苦い顔をされていたものだが、彼らは既にここを放り投げて去った。咎める者も無い上に、ニーアや、多くの人々の生命がかかっている今、規則を守る気などさらさら起きなかった。  普段はつやつやに磨かれていたが、今は石の欠片がうっすら積もって濁った色を帯びている階段を昇ろうとした時、行く手を阻むがごとく、ばらばらと人影が現れた。黒いローブに身を包んだその姿は、反逆者達だ。 「1の女だ」「討てば我らの大いなる勝利に一歩近づくぞ」  悪神デーヴァにでもすがっているのか、最早狂信者とも言える言葉を吐いて、彼らが抜剣する。 「――邪魔を、するな!」  こんな所でこんな連中に関わり合っている場合ではない。セアラの胸中で燃え上がった紫炎は、形となって迸り、次々と反逆者に襲いかかる。彼女の怒りを乗せていつも以上の威力を帯びた炎は、一瞬にして敵を黒炭へと変えてゆく。  踊り場の敵を一掃して、ほうと一息つき、知らず知らずの内にかいていた額の汗を拭った時、セアラは背後から急速に迫る殺気を感じ取った。咄嗟に振り向きながら、掲げた右手に炎を生み出すが、無音で忍び寄っていた反逆者が得物を降り下ろす方が早かった。  熱が走る。ぎらぎら光る短剣はセアラの左肩を浅く斬り裂いていた。  半瞬遅れて炎が相手を呑み込む。手加減無しの激情を込めた炎は一撃で反逆者を灰にしていた。  こんな所まで反逆者が入り込んでいる。その事実は、炎に燃える胸の内とは逆に、冷たい予感の針となってセアラの脳を刺した。 (ニーア)  彼女は無事だろうか。箱庭には、一般人が入れない(ロック)がかかっているが、反逆者達が昂る感情のままに無理矢理扉を壊したりでもしたら、戦う術を持たない0の巫女に身を守る事はかなわない。  最悪の事態を想定し、いや、大丈夫、と首を横に振る。その状況を回避する為に、自分は今、ニーアの元へ向かっているのだ。1の戦士が辿り着けば、後は方舟を動かして楽園を脱出するばかりだ。  絶望的な事態であるからこそか。脳裏では希望的観測が渦巻き始めた。  そう、ニーアと共に楽園を出たら、外洋を渡って、海の向こうにあるという大陸へ行こう。そこでは、守護者も巫女も関係無い。ただの母子あるいは姉妹としてのんびり暮らそうではないか。仲間達も傍にいれば良い。ノーマやヴァンが畑仕事をしながら笑っていて、カノンはいつも通り無愛想ながらも、来る冬に向けて皆の分のマフラーを編んで。  そしてアカギが狩りから帰って来たら、笑顔で獲物を受け取って、その晩のおかずにするのだ。料理なんて、神殿暮らしでした事も無いが、回数を重ねれば何とかなるだろう。彼が肉入りの汁をすすって、美味いと言う様を想像すれば、頬が火照る。 (……何でアカギだけ特別なんだろう)  呑気な思考を独り自嘲した所で、セアラは妄想のせいだけでなく身体が熱い事に気づいた。目の前にかざした両手が目に見えて震えている。そういえば、斬りつけられた左肩が、傷口の浅さに反してやけに痛みを伴っている。  迂闊だった。恐らく毒が塗られていたのだろう。魔物の毒を流用したものに違いない。  これで、ますます急いでニーアの元へ向かわねばならぬ理由が増えた。魔物の毒をそのまま放置していれば、命にも関わる。解毒剤を調達している暇など無い今、巫女の回復の光でしか、この毒を中和する事はできない。  足を上げて階段を昇ろうとしたが、痺れは瞬く間に全身に広がってゆき、たった半歩が踏み出せない。こんな所で無様に崩れ落ちる訳にはいかない。ましてや1の戦士、セアラ・アインが。  焦る心とは裏腹に、身体は言う事を聞いてゆかなくなる。その場にくずおれそうになった時。 「――セアラ!」  すんでの所でセアラの腕をつかみ、床に這いつくばるのを阻止してくれた手があった。ぼんやりと霞み始める視界を叱咤して、彼女は手の主を認識する。 「ア、カギ……」  はしばみ色の瞳がこちらを見下ろしている。青年は腕を握る手に力を込めて、セアラを引き上げた。
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