落園愛歌

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「予想はしていたが、やはり無茶をしたな」  彼が深々と溜息をつく。いつもそうだ。ニーアの庭で木登りをして降りられなくなったり、発現した炎を操る力で調子に乗って草に火をつけてしまったり。セアラが身の丈に合わぬ無謀をしでかした時、嘆息しながらも、木を登って来て手を差し伸べたり、風の刃で草ごと炎を切り落としたりしたのは、いつも彼だった。  呆れられていると思った。だから彼は自分に冷たいのだと。だから今度も、辛辣な言葉を投げかけるだろう。1の戦士が不覚を取るなど、愚の骨頂だと。  降ってくるに違いない侮蔑の言葉を覚悟して、ぐっと奥歯を噛み締めて目を瞑る。しかし、次の瞬間に訪れたのは、セアラの考えを斜め上に飛んで行く展開であった。  ふわり、と身体が宙に浮いた。そう思った時には、セアラの小柄な身体はアカギに横様に抱きかかえられる形で、彼の腕の中に収まっていた。 「降ろして」 「それで歩ける状態ではないだろう」  毒で熱を持っている以上に顔が火照り、セアラは痺れる手足をじたばたさせる。しかし返ってきたのは、相変わらず淡々とした声色であった。 「巫女の部屋まで我慢しろ」  そう告げて、アカギは靴音高く床を蹴る。風の加護を受けた彼の身は、高い身長とは裏腹に、非常に軽く、()く走る事を可能にしている。セアラが来た道程を半分の時間で駆ける事が可能な彼の身体は、人一人を抱えていても速度を落とす事は無かった。 「皆は」  舌までもつれ始めるのを自覚しながら、セアラはアカギに問いかける。 「三階層に巫女の方舟を見つけて、助けられる限りの人間を乗せた。カノンとヴァンが守りについているから、魔物や反逆者の襲撃を受けても、どうにかなるだろう」  仲間の名前が二人しか挙がらなかった事に、セアラは愁眉を曇らせる。何故、3の戦士の名が無いのだろう。まさか、敵にやられてしまったのだろうか。いや、そんな事はあるまい。4と5であるカノンやヴァンを差し置いて、ノーマが敗れるはずが無い。彼は水の加護を受けた3なのだから。きっと無事だ。  気を抜くとばらばらになりそうな思考回路をかき集めてセアラがそう結論付けた時、巫女の箱庭への扉が、二人の目の前に現れた。アカギがセアラを片腕に抱いたまま、扉脇にあるパネルを操作して、暗証番号を叩き込む。0を五回。五人の守護者に守られる0の巫女に相応しい、あまりにも単調だがそれ故に逆に盲点となる番号だ。  軽い音を立てて、巫女の住まう箱庭への扉が開く。その途端に鼻を突いた鉄錆にも似たにおいに、セアラの心臓はぎゅうっときつく締めつけられた。痺れ以外の理由で抑えようも無く手が震える。唇がわななく。見たくないと心は拒否するのに、こんな時に限って視界が冴えてくる。  果たして彼女の目は、最悪の事態を映し出した。緑の草地に広がる赤い池。いや、それは血溜まりだ。浅黄色のローブを真紅に変え、そこに沈み込んで、眠るように目を閉じる顔に苦悶の表情は無く、微笑さえ浮かんでいる。  何故だ。何でそんな風にいつも通り微笑んでいられる。己の死を受け入れられる。  ニーア。  その名は声に出なかった。無意識の内にアカギの腕にすがりつき、ああ、ああ、と、言葉にならない音ばかりが洩れる。  歪む世界に、黒が映った。黒いローブは反逆者の証。だが、その下で白が揺れている。腕を視線で辿れば、その手には青い刃が握られている。  まさか、の確率を、再び乱れ始めた脳が弾き出す。その予感を確かなものにするかのように、白を黒で覆い隠した――いや、白が偽りで黒が本当の姿だったのかも知れない――人物が振り返る。巫女の返り血に濡れた頬を拳で拭い、いやに幸せそうな笑みを浮かべて。 「やあ、セアラ。待っていたよ」
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