落園愛歌

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 ノーマ。ノーマだ。だがそれは、セアラの知っているノーマ・ドライではなかった。平時のように穏やかな声色をしている。瞳は正気の光を宿している。だが違う。いつもセアラとアカギの仲裁に入って、チームの和を保とうとしていたノーマではない。絶対に違う。得物を手に、ニーアの屍の傍に立っている時点で、それは確信出来た。 「……どうして」  彼が黒いローブをまとっている時点で答えなどわかりきっているのに、その問いかけは口をついて出ていた。 「どうしてって。君を解放する為だよ、セアラ。神殿の呪いから」  ノーマが柔らかく笑んで、悠然と両手を広げた。 「邪神の色を持って、巫女に育てられて、神殿の束縛を受け続けた、可哀想なセアラ。何もかもから僕が解放してあげるよ、僕の大好きなセアラ」  愕然とするセアラと、彼女を腕に黙りこくったままのアカギの前で、くるくる、くるくる。踊るようにノーマは黒いローブを翻して回転し、高らかに宣う。  いつから彼は反逆者だったのか。守護者になってから引き込まれたのか、それとも、最初からその一味で、内から神殿を崩す事を目的に送り込まれたのか。いや、そんな事は最早どうでもいい。ノーマは反逆者で、ニーアを殺した。その事実で充分だ。  今までの人生で感じた事も無い程の怒りと憎しみに沸き立つセアラに、しかしノーマはそれすら些細な事と嘲るかのごとき微苦笑を差し向けて、水の剣を握っていない方の手を差し伸べた。 「神殿は『反逆者』なんて呼ぶけどね、自分達だけが力を握って特権階級にのうのうと居座っていた管理者の方が、おかしいと思わないかい? 僕らはそんな旧体制を打ち倒す為に集った『革新者』なんだよ」  また建物が微振動を始めた。耳鳴りが酷い。世界が回転しているようだ。いや、そもそも大地というのはリエント神の住まう太陽を基準として回転しているのだと、天文研究の教師が授業で言っていたか。場違いな記憶が巡る脳に、ノーマの声が耳障りに響く。 「さあ、行こうよセアラ。デーヴァ神の色を持つ君が革新者の筆頭に立てば、民はついてくる。新天地で自由な大地を築こう」  だが、それに対するセアラの返事は、大きな叫びひとつだった。女にあるまじき吼え声と共に紫炎が迸り、ノーマを火だるまにして弾き飛ばす。 「セア、ラ」  信じられないという色を込めた声が、革新者を名乗る3の戦士の口から零れ落ちた。 「何、で」  崩れ落ちてゆく彼の問いかけに、セアラは応えなかった。当たり前だ。ノーマはセアラの大事なニーアを殺した。それだけで復讐に値する相手だ。絶対的な敵だ。骨の髄まで焼き尽くし、煉獄に叩き落としても飽き足らない。更なる一撃を放とうとした手を、しかし、一回り大きい手がそっと包み込んで止めた。 「やめるんだ、セアラ」  アカギだった。青年はゆるゆるとかぶりを振ると、拳を作るように握り締める。まるで、そこに怒りを封じ込めろとばかりに。 「今は抑えるんだ。巫女を連れてゆけなくなった今、今いる人間だけを乗せて方舟を動かすしか無い」  反論も涙も出なかった。アカギが正しい。巫女の船に魂を失った者を乗せても、一人分重みを増すだけで意味が無い。ニーアはここに置いてゆくしか無い。セアラは目を閉じて深呼吸すると、目蓋を開いて、アカギに力強く頷き返した。
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