落園愛歌

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 それは、巫女ニーア・ヌルの言葉が始まりだった。 『楽園は落ちるだろう。未曾有の大災害によって』  世界の中心の海に浮かぶこの楽園を創ったとされるリエント神の声を聞き、人々を導いて来た(ヌル)の巫女が、大衆の前で堂々と背筋を伸ばして紡ぎ出した、果てしなく不吉な予言に、民は瞬く間に恐慌に陥った。  数百年の楽園の歴史の中で、0の巫女の言葉が道を外した事は一度たりとて有りはしない。混乱は赤ワインを真っ白いテーブルクロスにこぼしてしまったかのごとく素早く広く伝播し、巫女の属する神殿の『管理者』達は、民衆の動揺を抑える事と、巫女に予言の撤回を求める事に苦心する羽目になった。 「私はリエントから聞こえる言葉を、そのまま貴方達に伝えるだけ。撤回も何も有り得ない」  よく磨かれた木製の椅子に腰掛け、膝の上で手を重ね合わせて、管理者の連中に嫣然と微笑む、幼い娘の姿をした巫女の姿を、少女――セアラ・アインは彼らから少し離れた場所で直立不動のまま聞いていた。  彼女の隣には、赤髪にはしばみ色の瞳をしたアカギ・ツヴァイが、後ろ手に組んで立っている。その表情は固い。というより、無表情で、何を考えているのかわからない。アカギという男はいつもこうだ。己の考えをほとんど表に出さず、己の心へ他人を立ち入らせなかった。
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