そしてまた巡り会う

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「謝罪をするのは、そちらであると思われるが」  耳に心地良い、しかし、相手に有無を言わせない低い声が、紫の鼓膜を叩いて、友人達と共にそちらを向く。高価そうな灰色のスーツに身を包んだ、二十五、六と思われる背の高い青年が、いつの間にか男と紫達の間に立っていた。日本人以外の血も入っているのだろうか、横顔から窺える瞳の色は、黒というよりは、はしばみ色に近い。 「野間(のま)」  青年が路肩に駐めた銀色の高級車に向けて声をかけると、「はい」と白スーツに黒髪が映える二十歳ほどの青年が降りてきて、淡々と告げる。 「高校生達はきちんと歩道を歩いていました。そちらの男性は、自転車通行禁止の歩道に乗り上げ、両耳にイヤホンをし、なおかつスマートフォンをいじっておりました。こちらのドライブレコーダーに全て映り込んでおりますので、賠償を求めても無意味である事は確定です。むしろ、そちらの少女に治療費を払うべきでしょう」 「だ、そうだ」  鋭い視線に射抜かれた男の顔が、面白いほどに醜く引きつった。 「ち、ちくしょう!」  毒づきながらマウンテンバイクのハンドルを握り直し、逃げるように走り出す。 「ふざけんな! いい気になるなよ! 馬鹿どもが!!」  どこまでもおつむの可哀想な罵倒しか出来ない上に、負け犬の敗走か。苛立ちが募り、紫の胸中に炎が灯る。萌にも大翔にも告げた事の無い、ごく小規模だが実際に放つ事の出来る、幼い頃から身についた炎が。  男はまだイヤホンをし、スマートフォンを手にしたまま、逃げ去ろうとする。そのスマートフォンに火花を散らせるくらいは出来るだろうか。じっと見つめて、念じようとした時。  ぱあん、と。  空気を叩くような音と共に、マウンテンバイクの後輪が突然弾けた。体勢を崩した男は、「ぎゃあああああ」と情けない悲鳴をあげながらよろよろしたかと思うと、見事側溝にはまった。周囲を行く人々はくすくす笑うばかりで、誰も助けはしない。当然だ、自業自得なのだから。  だが、紫一人は、はっと顔色を変えて、傍らの青年を見上げた。  理由は無かった。ただ、予感があった。青年のはしばみ色の瞳が怜悧にマウンテンバイクを見つめ、そこから何かを放ったのではないかとばかりに手を突き出している。陽に照らされると赤みを帯びる短い黒髪の先が、風も無いのに何故か小さく揺れていた。
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