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「珍しいですね」
左ハンドルの車を運転しながら、部下がかけてきた言葉に、腕組みして目を閉じていた赤城は、目蓋を持ち上げ、「何がだ」と問う。
「貴方がそこらの一般人に興味を持つなど。年下好きでしたっけ?」
「茶化すな、祐樹」
苦々しい表情をして、部下兼義弟の名を呼べば、「冗談ですよ」相手はくすくす笑いながら肩を揺らす。安全運転に気を遣って欲しいものだ。
「正直、安心したんですよ。仕事上、義兄さんはいつも他人に厳しいから、優しく出来る相手もいるんだな、って」
「などと言って、お前もあの高校生達をかばう気満々だったろう」
「そりゃあ、悪しき連中をのさばらせておくのは、我慢なりませんから」
義弟の正義感は、時に危なっかしいまでに過度な事がある。その過ぎた情熱がかつて身を滅ぼした事を、彼は憶えているのだろうか。訊いた事は無いが、もし憶えているのならば、このように穏便な義兄弟関係は築けないはずだ。
そう、自分だけが憶えている。かつて落ちた園を。愛と哀の歌を。
再び目を閉じる。目蓋の裏に、先程の黒髪の少女の姿が浮かび、銀髪に紫の瞳を持った、同じ顔の誰かに変わる。
「セアラ」
懐かしさについ、呟きは洩れてしまったらしい。
「何か言いました?」
前を向いたまま不思議そうに訊ねてくる野間に対し、
「……いや」
と、バックミラー越しに見えるだろう事を予測して、首を横に振ってみせる。
再びあの少女と言葉を交わせる事に期待を寄せ、赤城誠一郎は、アカギ・ツヴァイだった頃の夢へと、しばし誘われていった。
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