落園愛歌

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「アカギとは合わないと思う」  庭園の長椅子に、クッションを枕代わりにして横たわり、金色の温かな光を浴びながら、セアラはぽつりと洩らした。 「何故、そう思う?」  セアラの腕の傷に手をかざした光の主――ニーア・ヌルは、セアラより遙かに年下、それこそ十歳くらいに見える顔つきと身の丈しか持たないが、そこに宿る表情は、数十年の人生を経た老婆のように、悟りを得た穏やかな笑みをたたえていた。  それもそうだ。0の巫女には、リエントの言霊を聞く力と同時に、人の傷や病を癒す光、そして己の肉体年齢を若く維持する能力が与えられる。ニーアは既に数十年前から少女の姿で巫女として過ごし、拾い子のセアラが自分の背丈を追い越しても、外見年齢は子供のままでいる。それでも、中身はきちんと歳をとっており、セアラより多くの事を知り、多くの事を考え、歳若いセアラには見通せない物を数多く承知していた。  だから、セアラの考えも口にせずとも全て見通されているのではないかとも思う。それでも、胸にわだかまる灰色の思いを吐露せずにはいられなかった。 「認められていない気がする」  主語を省いたが、話の脈絡からニーアにはきちんと伝わっていた。巫女の手からふっと光が消え、セアラの腕に傷が無くなった事を確認すると、ニーアは唇の端にゆるい笑みを浮かべながら椅子から立ち上がる。 「セアラは、アカギに認められたい?」  セアラの心臓がどきりと脈打つ。広い白亜の神殿の奥にありながら、そこだけ自然の庭園が出現したかのような木々と草地の間を、浅黄色の長い衣の裾を悠然と引きずって、0の巫女は進む。同じ調子の歌をさえずる魔力仕掛けの青い鳥をその手の甲に乗せて、こんこんと水を吐き出し続ける噴水の縁に腰かける。そうして、リエント神と同じとされる金色の瞳を柔らかく細めながら、セアラをじっと見つめて、養娘(むすめ)の返事を待つ。 「……よく、わからない」  セアラはゆるゆるとかぶりを振り、巫女の後を追うと、彼女の隣に腰を下ろして、両手をもじもじと組み合わせながら、紫の瞳に戸惑いの熾火(おきび)を灯して、しどもどと言葉を継いだ。 「だって私はアカギより年下だし、子供っぽい事ばかり言って、足も引っ張ってるし、好かれる要素なんて何ひとつも無いし」  もう傷口も無くなったはずの腕を、無意識にさする。青年の唇が触れた場所がまだ熱を持っているかのようにうずく。だがそのうずきが、気持ち悪いものではない。それが何故かを考えようとすれば、セアラの心拍数は上がってゆくのだ。「でも」と続ける。 「アカギの事を考えると、胸がざわざわ言って止まらない。対等に扱われない事が悔しい。早く追いつきたい」  ニーアは興味深そうに目を細めてセアラの告解を聞いていたが、不意にころころと鈴のような声を立てて笑い転げた。魔力仕掛けの鳥がぴろろろ、ぴろろろ、と啼いて、巫女の手を離れてゆく。 「セアラは本当にアカギが好きだね」  その宣告に、セアラはぽかんと口を開けて呆けてしまう。だが直後に、心底からの驚きがこみ上げて、 「――違うっ!」  と思わず声を荒げてしまった。  誰が、誰を好きだと? 「だってアカギは無愛想だし冷たいし人の意見を真っ向から否定するし、お礼も言わせてくれないくらい人を無視するし」 「それがセアラ、お前だけに対してだって、気づいている?」  そう言われて、二度目の驚愕がセアラの胸に訪れる。だが直後、諦観が驚きに取って代わった。  自分だけに冷たい態度を取るという事は、それだけ自分を嫌っている証拠ではないか。アカギは誰にも隙を見せず、基本的に淡泊な対応しかしないが、その態度をこと強めるという事は、セアラを疎んじているからではないか。リエントの祝福ではなく、デーヴァの呪詛を受けた容姿を持つセアラが楽園に存在する事を、真っ向から否定したいのではないか。  ぐるぐると思考の輪にはまって肩を落とす少女の身を、更に細い腕が包み込む。ニーアだと気づく為にセアラの意識が現実に帰ってくるまで、しばしの時間が必要だった。 「私の可愛いセアラ」  謡うように巫女は(のたま)う。 「今は悩みなさい。その末につかんだ答えは、きっとあなたの本当の気持ちだから」  ニーアの言う事は、たまにセアラの理解を超える。しかし忘れかけた頃、ある瞬間に、ふっとパズルのピースが埋まるように納得を得るのだ。  だからきっと、この言葉も意味を持つものなのだろう。セアラは養母(はは)の腕の中でそう思い、浅くうなずくのだった。
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