落園愛歌

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 意を決して仲間達に訊いてみたのは、翌日。昼の休憩時間にアカギが席を外した時を狙って、卓について食事をとっていた残る三人に、率直に疑問を投げかけた。  守護者は魔物以外の生命も殺めているのか、と。  ノーマ、カノン、ヴァンの三人は、食事の手を止めて、言って良いものかどうか、視線で問いかけ合っているようだった。やがて、深々と息をついて、ヴァンが、快活ないつもの態度が嘘のように重々しく口を開いた。 「セアラの思ってる通りだよ」  セアラの驚きを置き去りにして、少年は続ける。 「守護者の敵は、水の魔物だけじゃあない。『反逆者』も狩る」  反逆者。初めて聞く存在だったが、それが楽園、いや神殿にとって好ましい存在では決してない事は、セアラにもすぐにわかった。 「反逆者達は、今の楽園の体制を崩そうとしている連中。0の巫女を(しい)して守護者を打ち倒し、神殿を覆すつもりなんだ」  ヴァンの言葉をノーマが引き継ぎ、覆す、で手元のフォークをくるりと回して、白身魚のフリットに突き刺す。 「だけど、楽園を守る聖人である守護者が、公然と人間を狩る訳にはいかない。1の戦士は象徴として立ち、2以下の戦士が血をかぶる」  セアラは最早絶句するしか無かった。ノーマの口ぶりでは、反逆者を討っているのはきっと、アカギだけではない。ここで話をしている仲間達も人の血に汚れた事があるのだろう。そんな中自分は、1の戦士であるというだけで、羽毛に包まれて何も知らずにぬくぬくと過ごし、守護者としてニーアを守っていると驕っていたのだ。 「セアラのせいじゃあない」  楽園の外から輸入される、醗酵したアスパラトゥス属の茶を含み、喉を鳴らして飲み下した後、自発的に喋る事の少ないカノンまでもが語り出す。 「管理者が決めた、昔からの楽園の伝統。1の戦士が知ってはいけない事。知っても知らぬ振りを決め込まなくてはいけない事」  ノーマもヴァンも、それが決まりきった摂理とばかりに、同意の沈黙を貫いている。だが、セアラの胸中では、混乱と同時に、仄かな怒りが渦巻いていた。それは、知らされなかった事に対する神殿管理者への憤りと、知らせてくれなかった仲間達に対する苛立ちと、そして、知らずに安穏としていた自分自身への嫌悪だ。  ぐっと拳を握り込んで唇を噛み締める。疲弊しきってもたれかかって来たアカギから香った血のにおいが、鼻の奥に蘇る。微かに震えていた背の高い身体の感触を思い出す。恐らく、1の跡継ぎとして将来を見込まれていながら2にしかなれなかった彼には、より多くの反逆者を始末せよと神殿からの命令が下ったに違い無い。  それを知った今、自分だけ、血に染まらずに守られている訳にはいかない。 「……私も」  それを聞いた仲間達が驚愕に固まるだろう事も予測しながら、眉を跳ね上げ紫の瞳を細めて、セアラはその言葉を唇から紡ぎ出す。 「反逆者を(たお)す」  決意を込めた宣誓に、ノーマ達が一斉にこちらを向く。だが、すぐにその視線は、セアラの更に後方へと馳せた。不審に思って少女は振り返り、そして目を瞠る。  怒りを呑み込んだような険しい表情をしたアカギが、茶のカップを片手に握り締めたまま、立ち尽くしていた。  その後、ローブを翻して神殿内を走り抜け、管理者に掛け合ったセアラは、その覚悟の証に一人の反逆者を始末しろと命を受けた。 「巫女に守られ1になって、つくづく運の良い女と思っていたが、まさか自分から死にに飛び込んで来るとはな」  部屋を出る時に、背後で聞こえよがしに笑い交わす管理者達の声は、耳に届いていたが、必死に無視をした。  そしてその夜、楽園に黒煙が一筋、立ちのぼった。
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