落園愛歌

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落園愛歌

 紫炎(しえん)が、轟と吼えた。  蛇のようにうねる火が向かう先には、青い体躯を持つ異形の生物。全身がてらてらした粘液に覆われ、四肢は長く、一打ちで岩を砕けそうな太い尻尾が揺れている。顔は人に近いが、髪は無く、ぞろりと牙がのぞく口は耳元まで裂け、その耳は長く尖っている。漆黒の眼球がぎらりと剣呑な光を帯びている。 『水の魔物』  この楽園でそう呼ばれる異形の胸に、紫の火は容赦無く突き刺さったかと思うと、傷口から火柱を迸らせる。魔物は奇声をあげて胸をかきむしるが、己の爪がより傷を広げるだけで、炎が消える事は無い。むしろ勢いを増して魔物を滅ぼそうと、一層輝きを放つ。 「燃え落ちろ、忌まわしい魔物」  十歩ほど離れた場所から、苦しむ魔物を見すえて低い声を解き放つ者がいた。  歳の頃十七、八の少女だった。肩口までの銀色の髪を持ち、普通にしていたら愛らしい顔には険を満たして、瞳と同じ色の炎を目に映す。  少女の宣告通り、魔物はあっという間に骨の髄まで焼き尽くされ、灰と化す。砕けた窓から吹き込む冷たい風に煽られ、その灰もすぐに吹き飛ばされて消えた。  少女はしばしの間、魔物が存在した空間を睨みつけていたが、ふっとひとつ息を落とすと、背を向け、先程からずっと揺れ続けている白い建物内の廊下を走り出した。  裾の長い白ローブがひらひらと舞う。唸るような音と共に、ひび割れた天井からばらばら石の欠片が落ちてきて、時折ローブに当たる。それでも少女が足を止める事は無い。 「……終わらせない」  細めた紫の瞳に力を込めて、彼女は呟いた。 「絶対に貴女を守ってみせる、ニーア」
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