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二
譲次の実家は、森吉山麓の奥阿仁地区である。
秋田内陸縦貫鉄道で角館駅から一時間と数分。阿仁山中駅で下車し、さらに徒歩二十分、ようやく実家へ到着する。ちなみに角館と大館を結ぶ内陸線は、全二十九ある駅のうち二十三駅が無人だ。
阿仁山中駅から実家まで歩く間、出会った人間は二人だけだった。
阿仁集落の人口は、今では四千人を切ってしまったよとさっき勝行から聞いた。人口構成は圧倒的に高齢者が多い。若者が残らないのは、ひと言で言って働く場がないからだ。イコール将来に希望が持てないということでもある。だから夢を求め、職を求めてこの地を出て行くのである。それを行政はどれだけ理解しているのだろうかと思う。地元を離れると、冷静に、客観的に現状を見つめることができる。
もはやいつ白いものが舞ってもおかしくない時季である。森吉山の紅葉観賞用のゴンドラは、もうすぐスキー客用あるいは樹氷観賞客用として運行されることになるだろう。
実家に入ると譲次の母茜は買い物から帰ってきたばかりらしく、台所で買い物バッグの中身を広げているところだった。まとまった買物をするには、車で片道一時間かけて角館まで行かなくてはならないのだ。
「おかえり、まんずゆっくりしてれ」
顔を上げたのは一瞬。あとは独楽鼠のように忙しなく動き回る母の姿を見て、相変わらずだと頬を緩ませた。
「母さんも少し休めばいいね」
譲次は台所に顔を出した。
五年振りに見る母の姿は、前よりも小さくなったと感じた。
「なんも、いなだ(いいのよ)、譲次よ、まんずおめがゆっくり休めって。風呂さ入るが」
「ああ、んだども俺は夕方から出かけるや」
譲次は突っ立ったまま、バッグをどこに置こうかと迷った。
「どごさ行くってよ」
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