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今一人の空条は、栖里豪の血族にて我が幼少に父帝陛下の宮にいた医師の一人。何ゆえに覚えあるかといえば子供ならでは、皇族がおらぬ平素の粗雑をこそりと覗く機があったのだ。下働きに限らず同僚にまで吐く毒は我には未知の語ばかりながら、相当に汚き罵倒とは察せられ豹変ぶりに驚愕した。
その後の動向は我に関せず。が、雨華に続きこれも廼宇の縁者と判明している。
共に廼宇絡みなれば面白そうではあるが、上の年層かつ我が直接の懇意でもなし。ゆえにさほどの興は起こらぬ……という我の意とは離れ。
ドリボガが言った。
年寄りはえてして話が長い。して己が好む空条の記憶に刺激されたか故郷を思い出すものか、その語りは相当に長かった。
「ああ懐かしいのう、雨華姫様。……残念ながら儂はさほど親しくはなかったが、遠目に拝見しても凛としてそれはそれは美しきお方での。美しいが隙がなくあまりに隙なく声すらかけられぬ男らの視線ばかりが山積みじゃった。……その、雨華姫様に惚れられていたのだから、さすがは空条師。当初こそ礼を弁えた空条師であったがな、やがて儂には素の態で接してくださるようになったのじゃ。散々に聞かされたるは愚痴とみせかけ明らかなる自慢、あの本家長女の雨華ときたらば俺にゾッコンだ~俺に会うたび真っ赤になってあれこれ口出しして来やがる~女は全く面倒だ~などと……ゾッコンなる語は空条師より聞くが初ながら、かく語る様を見たらばその意は明らかに察せられ、いやはや実のところはどちらがゾッコンかというほどに空条師こそがにやけ顔にて……おお、二人はもしや夫婦になられましたかの?」
我には興の持てぬ長き語りなぞ、中途からは呪文のごとし。最後は問いで終わったようだがこちらの二人は黙したままとなれば、やはり興なき件であったかやれやれ……と推すうちに、廼宇が請うた。
「あの。……恐れ入ります、今一度、おお聞かせ……いただけますか」
ど、どこから聞くつもりなのだ、廼宇っ。
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