征:二度聞き

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 ……それより始まる会話の果てには、なんと。  廼宇がドリボガからの二度聞きを求める事態となった。  折しも二度聞きへの興の増したる我のこと、廼宇の繰り出す二度聞きの文言を堪能するにやぶさかではない。 「あの。……恐れ入ります、今一度、おお聞かせ……いただけますか」  ううむっ、愛いっ。  ゾーガイの雑とはかけ離れたる謙虚、耳を蕩かすその美声。  ……ためらい惑うさまも、愛い。我をゲンサと罵倒する折の冷たき声音も、それはまたなかなかに良い。……のだが。  だ、廼宇よ……。そう、文言自体は良いのだが。  二度聞きを求むにも適切な時宜がある、と。  我はまたひとつ学びを得た。    ドリボガが我に封書を託した後。  廼宇は、まずは問うたのだ。  それは全く自然な問いに思われた。 「ドリボガ師。先ほどの香袋はいかなるものでしょうか。……他の方々にも差し上げることが多いので気になりまして」 「他の方々とは?」 「ここではユギナに。他には……そうだ、ゲンサにも渡しましたし」 「ほう、元はいくつお持ちじゃったか」 「十ほど」  小さな驚きにひゅっと口をすぼめ、ドリボガが毎度の言を口にした。 「劉国も変わりましたなあ。……かようなものを量産するとは」 「ねぇおじーちゃん、栖里豪の人?」 「いや。違う」  ドリボガは表情を消し、ただ目のみをアレに向けた。否定のみで済ませる心づもりらしい。  アレは気にせずふふん、と片眉を上げ、廼宇の横に並び説き始めた。集合当初は叱られてしょげ後方にいたところが、廼宇の厚顔なる惚気に自信を得たのだ。なんとも内心の見え易き仕立て……誠に特任隊長か? 「あのねトゴちゃん。栖里豪の刺繍には時々、栖里豪だけに分かる(おん)を使って名前が編まれるの。で、栖里豪の人がその本人から渡された時だけは、何かあれば助けてあげてねってこと」 「ええっ……名家の方よりのご助力を得る……十本もいただくなど」 「最初に見せてたら扱いが変わったかもね? 本家の人から貰ったんでしょ、ご威光はかなり強いはずだもの……あ~でもおじーちゃんが栖里豪じゃないなら意味なかったのかしら。でも読めるのは不思議ねぇ、おじーちゃんってば何者?」 「ふほほ、隊長殿はさすがに博識じゃの。さよう、拝見すれども儂がお助けする縛りはないが、親しみはより増したろう。作成紋も確かに本家の……ああっ、そういえばっ。トゴ殿は空条師ともお知り合いとか。なればもしや雨華姫様か?」 「ウカヒメサマ? とは……雨華……姫様、ですか」  アレと廼宇が目を見合わせた。  明らかに話を逸らした先の題目に、十分な衝撃を得たようだ。  栖里豪雨華とは我も名を知る、現当主の姉君のはず。がしかし長男が継いだ家の姉の成り行きなぞ、隠密筋の家門なれば噂もない。  まさにあの香袋を廼宇より得た折に名が出て驚いたものだ。確か廼宇が近所に住まう母代わりと言い、徳扇の旧知だと。……となれば暁も知るのだろう。
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