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「…………」
とある日曜日。
式場の下見に行こうと誘ってきた藤次に、家の手伝いがあるからと嘘をつき、両親には、藤次とデートだと嘘を吐き、美知子はマッチングアプリの相手に会うために、駅前の時計塔の前のロータリー…カップル達が格好の待ち合わせ場所にしてる所に、相手と決めた目印、花柄のワンピースを着て待っていた。
すると、ファンとクラクションを鳴らして目の前に横付けされた、一台の青のBMWの窓が開き、写真の青年が顔を出す。
「初めまして。島谷美知子さん?」
「あ、はい。初めまして。小川…浩市(こういち)さん?」
その言葉に、浩市と呼ばれた男はにっこり笑って、車のドアを開ける。
「乗って。待たせてごめんね。道混んでて…」
「あ、いえ、そんな、待ってませんから…」
言って、恐々助手席に座り、ドアを締める。
これで、自分はこの男と行動を共にすることを許したのだ。
そう思うと、心臓がドキドキと高鳴り、ワンピースの裾を握りしめる。
「そんなに緊張しないで。リラックスリラックス。出会ってすぐ何かしようなんて、考えてないから。」
そう言って浩市は笑いながら、車を走らせる。
「フレンチのランチなんだけど、口に合えば良いんだけど…キミ、いかにもいいとこのお嬢様って感じだから、食べ飽きてるかな?」
「そ、そんなこと、ないです。嬉しいです。」
フレンチのランチなんて、本音を言えば藤次や両親と何度も行ってるが、折角自分のために選んでくれたと思う気持ちが勝り、ニコリと微笑むと、浩市もフッと笑う。
「やっぱり、僕の勘当たりだった。」
「えっ?」
不思議がる美知子に、浩市は少し頬を染めて言葉を続ける。
「写真見た時から、抱いてた。この娘絶対、笑顔似合う可愛い娘だって。」
「なっ!!」
忽ち赤くなる美智子の手を、浩市はハンドルから片手を取り、重ねる。
「マッチングアプリで一目惚れなんて、安っぽいかな?」
「そんな…困ります。私、婚約者が…」
「なら、なんで来たの?」
「何でって…」
自分でも分からなかった。
何故、結婚前の身で、ここに来たのか。
何故、出会ったばかりの男の車に乗ってるのか。
分からない。分からない。
すると、車が赤信号で止まった瞬間、浩市に唇を奪われる。
「やっ!!」
軽く腕を振り上げて抵抗すると、浩市はすまなさそうに眉を下げて、口を開く。
「…ごめん。出会ってすぐ何かしようなんてって約束、破って…でも、好きなんだ。真面目に僕と、付き合って欲しい…」
「でも…」
自分には藤次がと言おうとした瞬間、背後からクラクションを鳴らされ、浩市は残念そうに美知子から離れて、運転を再開する。
「返事は急かさない…でもこれからも、僕と会って欲しい。ダメかな?」
「小川さん…」
その言葉に、浩市は前を向いたまま小さく笑う。
「浩市でいいよ。美知子…」
「あ……」
異性に下の名前を呼ばれたのは、両親と藤次のみ。
真っ赤に染まった顔を見て、脈が全くない訳ではないと確信したのか、浩市は強気な顔でまた笑った。
*
「なあ、昨日の家の用事って、外出?」
「えっ?!」
月曜日。
なんとなく藤次と顔を合わせるのが気まずかったが、職場が一緒で上司と部下。
嫌でも顔を合わせる事を呪っていると、藤次がやおら話しかけてきたので、美知子は瞬く。
「な、なんで、そんな事聞くの?」
もしかして、両親の口から嘘がバレたのかとヒヤヒヤしながら問い返すと、藤次は照れ臭そうに頭を掻く。
「いや、会えへん思うてても会いとうなって、ついつい家まで行ってもうてん。せやけど車なかったさかい、留守かなぁて思うて、そのまま帰ってん。」
「あ、そう…なんだ。」
「なんね。そのホッとした顔。まさかと思うけど、なんか変なことしとったんか?!」
「ち、違うわよ!!あの、そう!!買い物!!お母さんの買い物に付き合ってたの!新しいワンピース買ったから、今度のデートに、着ていくわね?」
「…ホンマか?」
「うん。本当。」
そうして頷く美知子の態度に、藤次は革張りの椅子の背もたれに凭れ掛かり手を組む。
「ほんなら、信じるえ?あと、約束。絶対ワシに、嘘つかんて。ええな?」
「う、うん。分かった。」
「ん。ほんなら聴き込み行こうかの。事務官はん?」
「は、はい!」
言って、2人は検事室を後にした。
嘘をつかない。
その約束を既に破っている美知子の心はチクリと軋んだ。
街に出て、聴き込みに精を出す藤次に付き従い職務をこなしていると、不意にスマホが鳴り、美知子はカバンから取り出して画面を見る。
「あ…」
「どないした?」
「あ、いいえ別に!失礼しました!!」
「?」
不思議そうに自分を見る藤次の視線から逃げるように、あっちの方に目撃者がいるか行ってきますと言って路地に入って再びスマホを開く。
-今晩会えない?いや、会いたい…あの場所で、待ってるから…-
「小川…浩市さん…」
あの場所…2人が初めて会った時計塔のあるロータリー広場。
夜の門限は、11時。
いつもなら、藤次と食事デートをして帰るのだが…
「(返事は急かさない…でもこれからも、僕と会って欲しい。ダメかな?)」
切なげな浩市の表情が頭に浮かび、美知子はキュッとスマホを握りしめた。
ドキドキと高鳴る胸を、鎮めるように…
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