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「なあ、ゆあタンってホントに天才じゃない?」  五歳と三か月になる結愛は、平仮名やカタカナがしっかりと書けるようになった。四歳になったころに英語教室にも通い始め、すでにアルファベットもマスターする勢いだ。 「見てこれ、Hello、Daddy。だいすき。だって! 間違いなく天才」  光汰はそれなりにハンサムなのだが、にやけきった表情で十五センチ角の折り紙を広げている。折り紙の裏に、結愛からのお手紙が書かれているのだ。  文字が書けるようになってから、結愛は毎日折り紙手紙を書いてくれて、「保育園でばいばいしたあとに見てね」と言って、作業着のポケットに入れておいてくれる。 「はいはい、毎日毎日聞き飽きたわよ。ねえそれより結婚記念日だけど」 「あ~、ごめん。今年はやっぱ休めなかった。十月はゆあタンの運動会で有休取るだろ? ほかの職員も子どもの運動会や秋祭りで神輿担ぐからとかなんとかで、毎年秋は休み希望が重なって休みにくくて」  保育園の行事はすべて土曜日だ。土曜も仕事がある光汰は毎回有休を取っている。今年は結婚記念日が運動会の翌週の土曜日になっているが、自分たちの記念日のために土曜の休みを二度希望することができなかった。  妻はもちろん大切で愛している。けれど施設育ちの光汰は運動会に来てくれる親がいなくてとても寂しい思いをしたから、結愛には同じ切なさを少しも感じさせたくない。  結愛が大きくなるまでは、行事ではなくても父親らしいことをたくさんしてやりたいと思っている。 「ええ~。毎年この日はディナーに行こうって言ってたじゃない」 「そうだけど、もう五年目だし、ゆあタンをじいじばあばに預けてまで行かなくてもいいんじゃないかな? ゆあタンが大きくなったらまた行こうよ。なー、ゆあタン。ゆあタンもパパとママがいつも一緒の方がいいよな~?」  隣で折り紙遊びをしている結愛の腋をかかえ、膝に乗せると、鈴みたいにコロコロとしたかわいい声で笑う。 「うん、ゆあ、パパとママといたい!」  そう言って抱きついてきて、光汰は「ゆあタ~ン」と言いながら抱きしめた。  かわいい、やっぱり俺の最推しだ。絶対に寂しい思いはさせないぞ、と何万回目かの誓いを立てる。葉月がため息をついたが、別段気に留めなかった。 
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