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「お父さん、大事な話があります」  医師として社会人四年目になった結愛からスマートフォンメッセージが入った。  結愛は本籍地から遠く離れた大学に入ったため、十八歳から家を出ている。  結愛がいなくなった家はがらんどうのようだった。国立大とはいえ結愛の住居費・生活費がかさんだので、葉月も光汰も増やせるだけ仕事量を増やしたし、結愛のことだけに必死になって結婚二十五年目を迎えた光汰には、葉月とふたりでどう過ごせばいいかがわからなくなっていて、休日はひとりでぶらぶらと出かけていたのもある。  勤務シフトの関係上、葉月と夕食を共にしないことも多々あり、会話も日を追うごとに少なくなった。  そういえば、長い間デミグラスソースのハンバーグも、リンゴ入りポテトサラダも食べていない。  もちろん、結愛が大きくなったら再開しようと言っていた結婚記念日のディナーにも行っていない。  ────今さら誘うのも照れくさいしな。それより、このメッセージだ。  二十八歳になる娘が「大事な話」と言ってくれば、考えられるのは「彼氏の紹介」つまりは「結婚」だ。  胸の奥がザワザワした。光汰のかわいい結愛を幸せにできる男なのか。まさかデキる女性に成長した結愛を食い物にする男ではないだろうな。  結愛が指定した日曜日の午後二時。その少し前にリビングの端から端を行ったり来たりしながら、光汰は葉月にそうぼやいた。  葉月はしらけた顔でため息を吐くのみだ。そういえば、ここ何年もそんな表情をされている気がする。 「ピンポーン」  葉月の顔を見ているとチャイムが鳴り、光汰はハッとして玄関へ向かった。  鍵を開けてドアを開ける。  ごくり、と唾を呑み込んだ。 「ただいま」  しかし、そう言って玄関に足を踏み入れた結愛は、ひとりきりだった。
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