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 結愛からの二枚目には 「追伸。私のことばかりじゃなく、お母さんのことも見ないと捨てられちゃうよ。お母さんも自立を考えてるみたい。挽回頑張ってよね」と書かれていた。 「は、葉月」 「わ、名前を呼ばれるの、いつぶりかしら。私の名前なんて忘れてると思ってたわ」 「そんなわけないだろう。な、な、これは……」  離婚届を持つ手が震える。驚きのあまり涙も鼻水も止まった。 「あなたが子煩悩なのはとても素敵だし嬉しかったけど、あまりにも私を見なかったわよねぇ。二十八年間よ?」  葉月とは交際半年での授かり婚だったので、洸汰と葉月はすぐに父親と母親になった。家族を求めていた光汰は、無意識のうちに夫であることよりも父親であることを優先していたのかもしれない。 「子どもが巣立って、これからは本当にふたりだけ。でも、空気のような相手ならいっそひとりの方がいいと思わない? 一緒にいる意味、ないでしょう」  本気だろうか。  焦りと共に忙しく思いを巡らせてみれば、日常の買い物や結愛に関わること以外でふたりきりで出かけたのはいつだっただろう。生活や結愛以外のことで語り合ったのは? じっくりと顔を見たのは?  光汰に目線はあるのに、どこか遠くを見ているような妻の顔をまじまじと見つめる。気づかないうちに、年齢を重ねた容貌になっている。  ────でも、変わってない。  結愛を授かったとわかったとき、葉月は「光汰が駄目なら、すぐに病院に相談してくるから」と言った。そのときの葉月は驚くほど無表情で、光汰に目線はあるのに光汰を見ていなかった。  光汰にすがりたいのを我慢して、泣き出さないようにしているんだとすぐにわかった。 「どうする? それ、あなたが出すなら出してもらっても……」  違う。今も葉月は本心ではそう思ってない。 「するわけないだろ!」  光汰だって微塵も思っていない。  結愛からの手紙を左ポケットに戻し、右手でぐしゃりと握り込んだ離婚届を持ち替える。  空いた右手で葉月の手を握り、歩き出す。  途中でゴミ箱を見つけて離婚届を捨てた。  さて、勢いで手を繋いで空港から出たものの、これからどうしよう。長年行けていない、いつか行こうと約束したディナーに行くか?  それもいいだろう。でも……そうだ。まずは。 「俺、久しぶりにリンゴ入りのポテトサラダを食べたいな。俺が作ってみるから、帰ったら隣で作り方を教えてくれる? それで、一緒に食べよう」 「……もう、なによ、それ」  言いながらも、葉月は涙が浮かぶ目尻に皺を作って微笑んだ。  愛娘が巣立った日。夫婦にとっても新しい日々がスタートした。  葉月と手を繋いだまま歩く家までの帰り道、ポケットの中でかさかさと動く手紙の存在を感じながら、離婚届は結愛が仕組んだのかもしれない。これがなければ葉月との距離は離れたままだったかもしれないと、いつの間にか結愛に見守られる立場になっていた自分を、とても幸福に感じた光汰だった。
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