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プロローグ
「この街の地下のどこかにね、魔法使いが住んでいるんだって」
暖かいスープの匂いに釣られて、手伝いをする振りをしてキッチンを覗きこむ。今日はとても寒い。NYの冬は寒いねと、みんなが昼間笑っていた。
部屋も寒い。指先が痺れて痛いくらいだ。
けれど、鍋の周りは柔らかな湯気で満ち、とても、良い匂いがする。
「まほうつかい?」
「そうさ、魔法使いさ。魔法使いはその魔法で、恐ろしい事件を解決するんだって。すごいね、まるでコミックみたいだ。本当にそんなものが居たら、警察なんていらなくなっちゃうかもしれない」
「まほうって、強いの?」
「うーんどうかな。でも、普通の人とはきっと違うんだろうなぁって思うよ。そうじゃなかったら、魔法使いはただの人になってしまうものね。きっととても特別なんだ」
「まほうつかいになれたら、この部屋をもっと、あったかくできるかなぁ」
「さあ、どうだろう? もしかしたら、できるかもしれないね。ほら、スープが出来たよ。あつあつのビーフシチューだ。玉ねぎがとても甘い。きっと部屋が暖まらなくても、身体がほかほかにあったまる」
粗末なテーブルの上にはランチョンマットが敷かれ、鍋敷きの上に乗せられた鍋の中には、こっくりと艶のあるスープが満ちていた。
魔法使いとは、何をする人なのだろう。警察に協力するというのは、世界を平和にするという事なのだろうか。
そんな事よりも、魔法で冬を無くしてくれたらいいのに。
椅子に座りながら呟くと、正面からうふふと優しい笑い声が聞こえてきた。
「魔法使いだって、きっと万能じゃないよ。それに、冬は寒いから暖かいスープが美味しいんだ。さあ、冷めてしまわないうちに早く食べよう。お祈りを忘れずにね」
素直に手を組み、お祈りの言葉を連ねる。
何に祈るのかは知らなかったので、祈る対象はその時の気分だった。今日は魔法使いに祈ることにした。
この、寒くて狭い街のどこかの地下室に居る、というおとぎ話のような魔法使いに。明日も暖かいスープが飲めますように、と冷たい手を組み祈った。
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