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11 side山 ヤキソバ被り
夕方になって、待ちに待った配信が始まった。通知が来てすぐにブラウザを起動し、配信ページを開いて待機する。マリナちゃんが引っ越しするにあたって、一時的に生放送での配信はお休みだった。その間は撮りだめされていた動画を楽しんでいた形になる。
(隠岐もそうだけど、マリナちゃんも引っ越しだもんな。案外、今頃は引っ越しが多いのかね)
引っ越しといえば春というイメージだったが、そうでもないのかも知れない。俺は大学は家から通っていたし、入社してすぐに寮生活が始まったので、一般的な引っ越しのことは良く解っていない。なんなら、アパートの相場も解っていない。
程なくして、放送が開始される。
『てすてす。聞こえますかー? 声、入ってる?』
モニター越しに聞こえてきた声に、「聞こえてるよ!」と返事を書き込む。ホッとした声が向こうから聞こえて来た。
『あー、良かったぁ。引っ越し先の備え付けの回線なんだけど、配信は問題ないっぽいね。まあ、ネットゲームは解らないけど』
「まあまあ、マリナちゃんあんまりオンゲ(オンラインゲーム)やらないし」
マリナちゃんは配信は雑談や歌枠がメインで、ゲームの配信はあまりやらない。ゲーム実況は殆ど録画だ。本人曰く、「下手くそだから編集でカットしている」そうだ。個人的には雑談しながらダラダラとゲームを配信しているのも見てみたい気持ちもある。
『そうだね。これだけ速度出てれば動画上げるのも問題なさそう! 良かった!』
喜ぶマリナちゃんに、誰かが「ご飯食べた?」とコメントする。日常のことを聞くのは単に挨拶のようなものだ。
『食べたよー。今日はヤキソバ。昨日引っ越し蕎麦食べたから、麺ばっかり食べてる』
ヤキソバという言葉に、先ほど隠岐にバーベキューの残りを差し入れしたのを思い出し、微妙な気分になった。
(ヤキソバ被りかよ……)
自分もヤキソバだったのだから、「マリナちゃんと一緒だ!」と喜びたいのに、隠岐に渡してきたヤキソバを思い出してしまったせいで素直に喜べなかった。
バーベキューに絶対に参加すると思っていたのに、隠岐は参加しなかった。どうやら引っ越しの片づけやらがあったらしく、辞退したらしい。渡瀬が言うには「殆ど終わってたっぽいんだけどねえ」とのことだったので、もしかしたら新参者がいきなり参加するのは良くないと遠慮したのかもしれない。
会いたくなかったし、一緒にバーベキューなんて冗談じゃないと思っていたのに、いざ来なかったら拍子抜けしてしまった。おかげでマリナちゃんの布教がスムーズに出来たのだが。
結局、途中から来るかもという言葉にビクビクしながら待っていたが、隠岐は来なかった。片付けの段になって、藤宮が余ったヤキソバと酒を持って行って良いぞと言うので、なんとなく持って帰って隠岐に届けてしまった。
(藤宮が持っていけってことにしたんだから、藤宮に礼とか言うなよ!)
思い出して、思わず拳を握る。なんで俺はあんなことをしてしまったのか。ぐぬぬ。きっと昨日カップラーメンを貰ってしまったからだ。借りを作ったままでは嫌だからな!
画面の前で唸りながら雑談放送を聞いていると、誰かのコメントが流れていく。
<新居はどう? 環境良いですか?>
『うん。今のところ良い感じかなー。ご近所さんも良い人が多いみたい』
良かったね。とコメントが流れていく。
『うん。良かった。だからあとは、動画撮り始めてどうなるかだよねー……。叫んだりして怒られたら、ホント……』
<それな>
<そればっかりはね……>
<吸音材買ったんでしょ?>
とコメントが流れる。ストリーマーあるあるなので、そればかりは頑張って防音するしかない。売れっ子ストリーマーなどは防音室(百万円以上する)などを導入したりするようだが、そこまで設備を充実させられるのは成功した一握りの人間だけだろう。
落ち込み気味のマリナちゃんに、俺はエールを送るためにコメントを書き込んだ。
「マリナちゃん、引っ越し祝いしたいから、欲しいものリスト公開して!」
『えっ。良いよ。悪いよ、そんな』
<あ、公開して欲しいです>
<公開して~>
他のメンバーたちも俺の思いに賛同する。通販サイトの欲しいものリストは、公開することで第三者が購入して相手に送ることが出来る。匿名で公開することが出来るので、マリナちゃんとしても安全だろう。とはいえ、送った人には市町村までは解ってしまうので、怖い場合はギフト券にしておくのが無難である。ちなみに俺は市町村を調べようなんて無粋な真似はしない!(関東住みなのは発言から解っている!)
『みんなありがとう~』
嬉し泣きして見せるマリナちゃんに、画面の前で笑っていると、いつの間にか隠岐へのモヤモヤした感情はすっかり消え失せていた。
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