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43話 side山 蝶が舞うのを待ちはしない
トイレの中で泣いていた白雪姫――。そんな、インパクトのある出来事を、忘れるはずもなく。
『ありがとう』
キラキラした涙と笑顔に、不覚にも心臓を掴まれたのを覚えている。
俺の、甘く苦い。
初恋の記憶。
(誰だったんだ)
結局、白雪姫が何者だったのかは、解らなかった。県の演劇コンクールの出来事で、白雪姫はオーソドックスだったからか、演じた学校が多かった。
何者だったのか、探したけれど結局は見つからず、その翌年も、三年生になっても探したが、『白雪姫』は見つからなかった。
逢えたとしても、どうしようもない。解っていた。けど、もう一度だけ、逢ってみたかった。
そんな、ほろ苦い記憶。
(まさか、マリナちゃんが――)
あの時の、『白雪姫』なのか。俺はまた、『白雪姫』に恋をしていたのか。
必然のような、運命のような感情が溢れる。同時に、ふわりと掻き消えた。
「はは……。本格的にストーカーみたいじゃん……」
思慕が募ると同時に、きっと嫌な思いをさせてしまうと自覚する。こんなの、気持ち悪いに決まってる。
同時に、ズルい考えが、脳裏を過った。
自分が、あの時の男だと名乗ったら、マリナちゃんはどう反応するだろうか。もしかしたら、少し、話せるかも知れない。
マリナちゃんにとって俺は、ファンの一人で、絵を描く人間の一人だ。絵師『ヤマダ』の存在を認識していても、よく見るファンでしかない。『その他大勢』に毛が生えた程度の認識に、少しだけ色をつけるということは、俺のエゴでしかない。彼女の活動のプラスになることはない。思い出に土足で踏み込んでくる、無粋な人間ですらある。
(でも、少しだけ……)
誰かより、少しだけ『特別』になりたいと、そう思ってしまったのは、悪いことだろうか。
SNSを開いて、マリナちゃんのアカウントを表示させる。
指先一つ。指先一つで、俺はメッセージを送ることが出来る。
この指一つで、運命が変わるとまでは思わない。何も起こらないかも知れないし、何も始まったりもしないのだろう。
けれど、俺はやっぱり、まずは何かしようと思うタイプだし、知らないふりをするのも、何か違うように思えてしまう。
どこかで蝶が羽ばたくように、勝手に何かが変わるなんて、思っていない。何もしないことの結果は、何もしなかった以外にはないはずだ。
劇的な変化を望むわけじゃないけれど、俺の中で、それは確実な変化をとげる。
すぅ、息を吸う。緊張に指が震えた。
指先をマウスにのせて、カーソルをアイコンに合わせる。心臓が、バクバクと音を立てた。
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