3 side山 推しに認識された日

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3 side山 推しに認識された日

 今日も推しが可愛い。  罠があると解ってるのに何度も引っ掛かったり、この先に罠がありそうだとソワソワしたり、あると思った罠がないと知って「無いんかい!」と突っ込んだりしてる推しが尊い。  死にゲーである『ステラビ』のプレイ動画を見終えて、フゥと息を吐く。マリナたん可愛い。 「いやー、今日も良い悲鳴だった。二本目で二面までクリアだから、あと十五、六回はやるかな?」  天海マリナの『ステラビ』動画は、一つの動画で一面をクリアするように編集されている。隠しステージまでやるか解らないが、通常攻略で十八面あるので、是非とも完走して欲しい。  もう一度最初から見直そうかと思って、シークバーを最初に戻したところで、スマートフォンの通知に気づいた。 「ん?」  何だろう。そう思ってスマートフォンを開く。SNSのダイレクトメールに、メッセージが入っていた。 「あ」  送信してきた相手のアイコンを見て、心踊る。いいね以上の期待をしていなかっただけに、直接の返事にどくんと心臓が波打った。  差出人は『天海マリナ』。推しである。  難易度の高さに、攻略を諦めるプレイヤーもいる『ステラビ』に手を出したのを、激励するつもりでイラストを投げた。それに、反応があったようだ。 『ヤマダさん、イラストありがとうございます! 初めてファンアートを貰いました!! 一生大事にします! 家宝にします! これからも頑張ります!』  シンプルなお礼の言葉に、思わず笑みが漏れる。 (俺なんかの絵に、こんなに喜んでくれるとは)  少し、くすぐったい。 『ヤマダ』というのは、俺のペンネームというか、ハンドルネームである。ヤマダにしたのは特に理由はない。思い付かなかったから、ヤマダにした。ネット絵描きであり、ただのオタクであるヤマダとしての俺は、ただファンアートを描くだけの人間だ。創作者というほどのもんじゃない。マンガを描いたりオリジナルの何かを作ったりする人とは雲泥の差だ。  元々は、演劇が好きで、関われれば良いと、高校では演劇部で大道具をやっていた。主に背景などを作っていたのだ。後に、衣装デザインもやらされたが。  その後、絵を描くのが趣味になり、見よう見まねでデジタルアートを描くようになった。  ネットにはプロもいるし、本当に素人なのか疑いたくなるような人材も沢山いる。俺なんかじゃ足元にも及ばないが、推しに誉められた快感は得難いものがあった。 (マリナちゃんに、認識された)  推しに存在を認識されるというのが、これほどまでに衝撃なのか。気分が浮わつき、鼓動が速くなる。 「く、ぅっ……! 嬉しいっ、嬉しいぞ!」  ますます、推し活を頑張らねば。応援して応援することだけが、俺にできることなのだ。 「星嶋たちには布教したから、あとは寮内で布教して……タイムラインにもどんどん流さないと」  また、イラストを描いて送ろう。何度も送ったら迷惑かな? 構うものか。今度はサムネイルにして貰えるような、見映えのする画像を作ってみようか。 「くーっ、楽しくなってきた!」  いいねが何回でも押せるなら、一人で何千回だって押すのに。 (もっと友達が多ければなあ……)  職場の人間にも布教しようか。そう考え、同期の隠岐を思い出し、ふと我に返る。楽しかった気分に一気に冷水を流し込まれた気持ちになって、顔が強張るのが解った。 『成人してんのにアニメキャラとか、マジキモいっすよね。てかヤバすぎ』  から笑いを浮かべながらそういった言葉が、未だに耳にこびりついている。入社して半年くらいの、随分昔の話なのに。 「……」  一気に嫌な気分になって、思わずダンと机を叩く。 「あのクソパリピがっ! ジブリにも同じこと言えんのかっ!」  叫び終え、ゼェゼェと息を切らす。渡瀬に言わせるとアイドル顔の隠岐がふんと鼻で笑うのを想像し、また怒りがわいてくる。  俺は壁にピンで留めたキーホルダーに目をやった。あの日、隠岐によって捨てられた、青い髪をした女の子のビニールフィギュアがついたキーホルダー。塗装が剥げていたのを、エナメル塗料でなんとなく修正したものだ。綺麗になったとは言いがたいが、だいぶマシにはなったはずである。 「隠岐め……」  あんな風に捨てるなんて。何も言わずに捨てた方が百万倍マシだ。あの日から隠岐は、俺にとって『敵』なのだ。 (隠岐だけは、ナシだ。アイツには絶対におすすめ出来ない。万が一、俺だけじゃなくてマリナちゃんまで否定されたら、たまったもんじゃないからな)  きっと生涯、解り会える日など来ないだろう。永久に交わることの無い、まったく違う道を歩く男。  この時はまだ、そう思っていた。
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