第三章・―深淵との対峙―

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 ――一瞬、本当に何が起きたのか()()らなかった。  避け切れたのは多分、奇跡に近い出来事だ。  それくらいには、紙一重の出来事であった。  どこに手がいき、何をどうしてそうなったのかすら()()らない。  気がついた時には投げ飛ばされそうになっていて、すんでのところで後方へと身を退いた。  たったそれだけしか出来なかった。  いつものように、離れる際に一撃をお見舞いするとか、避け切れた有利さを利用して反撃するとかの思考すら、全く追いつけないまま、ただ後方に跳ぶ。  我ながら情けないとは思うのだが、今のオフィーリアにはそれだけしか出来なかったのだ。 「……な、んや……あれ」  思わず唸る。  ジョシュアがまともに闘う姿を見た事がない者としては、見聞に頼るしかなく、何度となく本気で殺り合いその度に打ち負かされているシャークに聞いた事だってある。  だが不思議と、シャークからの答えはいつも一つであった。  どんなに聞いたところで、不服そうに舌打ちしながらただ一言だけ、「()()らない」と答えるだけであったのだ。  実際。  目の当たりにというか、こうして自分が身を以て体験するまで、シャークは勝てない事実が許せず、プライドを保つため皮肉や負け惜しみを言っているのだと、至極軽い考えでいたのだ。  いや、これはもう。体験したから()()る。  本当に、心の底から、()()らない……。  一体ジョシュアは、一瞬の間で何をしようとした……? 素早いとか、目にも留まらぬ速度なんて、最早そんなちゃちぃ次元を一足飛びで超えている気がすると、頬を伝う冷や汗を拭う。  シャークはあんな化け物と毎回命を懸けて本気で殺り合っていたのかと、いっそ恐ろしいを通り越して渇いた笑いさえ漏れてしまう。  敵わないというか、敵う筈がない。
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