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絶対時間
「おい小山、今日の放課後ウチ来いよ。」
藤間清春は、教室の一番後ろの席からそう言った。
周りに取り巻きの男子たちをはべらせ、椅子にふんぞり返り、机に長い足を乱暴に乗せているその姿は、まるで暴君。
彼は、このクラスの支配者だ。
昼休みの終わり。
5限が始まる直前。
藤間の、低いけれどよく通るその声に、教室内の喧騒がピタリと止む。
小山諒太は自分の席に座ったまま、顔だけを後ろに向けた。
目は合わせられない。
目を合わせるなど、恐れ多くてできない。
教室の中の空気が張り詰めているのがわかる。
可哀想に…というクラスメイトの無言の視線を、諒太は全身に感じていた。
しかし、そんなことは大したことではない。自分は藤間や取り巻きたちの使い走りなのだから、言われたことには当然従わなければならない。
彼らの…いや、藤間の要求に対して、完璧に応えることが自分の役目。
そう思っている。
高2のクラス替えで初めて同じクラスになってからずっと、諒太はそうやって過ごしてきた。
3年生になって三か月経った今でも、その関係性は続いている。
藤間には、誰も抗うことのできない力があるのだ。
それは暴力を振るうとか、威圧的だとかそういうことではなく。
そこに存在しているだけで誰もが服従したくなるような、そんな空気をまとっている。
藤間の声は、世界的なオペラ歌手の声よりも魅惑的で官能的で、脳みそを揺さぶられる。
その声で紡がれる藤間の言葉は、どんなに偉大な発明家や大統領の言葉よりも重みがあり胸に響く。
そして、二重の幅と形が完璧な藤間の目から放たれる冷たい視線。
あの目で見つめられると、思考が停止し、体の細胞全てが機能を失ったのではないかと思うほどに自由が効かなくなるのだ。
「おい、聞いてんのかよ。」
苛立ちのこもった藤間の言葉に、ハッと我に返る。
「あ…うん、わかった。」
諒太は、やはり目を合わせずに頷いた。
藤間が「家に来い」と言うのは、宿題を代わりにやれという意味だ。
週に一度の放課後、それはいつしか諒太にとってのルーティンとなっていた。
曜日は決まっていない。
藤間の気分次第。
今回の呼び出しもそういうこと。
小山くん、可哀想に。
クラスメイトたちは、きっとそう思っている。
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