Uber Birth

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 誕生日当日。  私はいつも通り六時に起き、トーストを機械的に咀嚼していた。突然、スマートフォンが鳴った。 「はい、もしもし。山田ですが」 「山田さん、お誕生日おめでとうございます!」 「あ、はい。ありがとうございます」  昨日申し込んだ、Uber Birthだ。 「はじめまして、Uber Birthの九条と申します!お目覚めはいかがですか?よく眠れましたか?」 「はい、よく眠れました」 「それは良かったです!今日はあなたにとって特別な日です!最高の一日になることを願っています!」 「はぁ」 「あなたが生まれてきて、本当によかった。改めて、お誕生日おめでとうございます!」 「ありがとうございます」 「このあともサービスは続きますので、お楽しみください!それでは、失礼します!」  電話が切れた。  会ったこともない人物からの祝福のメッセージであったが、やはり、誕生日おめでとうと言われて、悪い気はしない。いや、少し嬉しかった。ここ何年も言われなかった言葉だ。自然と、心が温かくなる。  しかし、妙だな、と思った。サービス内容はモーニングコール一回と、その後に祝福のメッセージが届く、と聞いている。先程のモーニングコールですでに祝福の言葉はもらった。今後、異なる形でまたメッセージが届くのだろうか。  まぁ、細かいことはどうでもいいか、どうせ無料だ、と私は思い、普段は一杯しか飲まない牛乳を二杯飲んで、家を出た。  十分ほど歩き、五十メートル先に駅が見えてきたところで、違和感を覚えた。改札の入り口付近に、タンクトップ姿の五人の男女が横一列に並んでいる。五人は一枚の大きな横断幕を持って立っていた。改札に近付いて、思わず顔を伏せる。横断幕には「山田さん、お誕生日おめでとう!」と書かれていた。  五人のうち、ポニーテールの若い女と不意に目が合った。途端、女は周りの四人に慌てて合図を出した。  嫌な予感がする。 「山田さん!お誕生日おめでとうー!」  五人の大声が駅の入り口に鳴り響く。改札を行き交う人々は何事かと五人に視線をやっていた。  私は頬が赤くなるのを感じながら、小走りでホームへ駆け上がった。  私が毎朝乗る電車はあと五分くらいで来る。一本電話を掛けるには十分時間があった。  私はスマートフォンを取り出して、今朝掛かってきた番号をタップした。 「おはようございます!九条トオルです!」 「おはようございます。山田です」 「今日お誕生日の山田様ですね。おめでとうございます!」 「あの、さっき駅前で、私へのメッセージが書かれた横断幕を持った五人を見かけて、大声で名前を呼ばれたんですがね」 「はい!サプライズのサービスです!」 「いや、それはわかるんですが、あの、僕一人に対するサプライズはいいんですけど、関係のない人を巻き込むサプライズは、やめてもらいたいのですが」  すると、九条は泣きそうな声になった。 「ええ?!ご不満でしたか?不快にさせてしまいましたか?」 「いえ、不満とか不快っていうのは、まぁ少しはありますけど、何というか、あんなに大勢が行き交う駅とかでサプライズされると、恥ずかしいじゃないですか」 「誕生日をお祝いされて、恥ずかしいんですか…?」 「人前で、大声で 名前を出されたら恥ずかしいですよ。注目されるみたいで、嫌じゃないですか」  九条の声色は、もとの元気な調子に戻った。 「それなら、自信を持ってください!今日は、あなたが主役の、あなたのための日なんですよ?あなたの存在が祝福される日です!もっと、あなたの名前をどんどん色んな人に知らしめていきましょうよ!」  九条は、私が言いたいことを理解していながら、わざとわからないフリをしているように思えた。 「いや、そういうことじゃなくてですね」  言いかけたところで、電車がやって来た。 「お、電車が来ましたね!車内で電話はできませんので、切らせて頂きます!」  通話が切れた。仕方なくスマートフォンをポケットにしまう。私は行列と共に満員電車に押し込まれていった。
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