Uber Birth

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 私はビルに囲まれた歩道を走りながら、左右や後方を確認したが、私以外に走っている人間は見当たらなかった。もし私を尾行している人物がいたら、巻かれまいと走って追いかけてくるはずなのだが。  私は周囲を確認しながら、遠回りをしたり路地裏を使ったりして、会社の裏口を使って社屋へ入った。自分のデスクに座り、コンビニで買ったミネラルウォーターを飲み干した。  夜。  私は自宅に戻ると、いつものソファにへたり込んだ。今日は、散々な一日だった。  朝に巻いたはずのタンクトップの集団が、あの後、会社に入って来たのだ。  時刻は十時ごろだったろうか。私のデスクがあるフロアに侵入したタンクトップの五人は、部屋に入るなり、私へのバースデーソングを歌い始めた。その場に二十名ほどの従業員がいたが、皆、驚きのあまり目を丸くさせていた。そして、バースデーソングは最後に私の名を呼んで終了した。 「ハッピバースデー山田さ〜ん!」  私は皆の視線を一斉に浴びることとなった。鏡を見なくとも、自分の耳が真っ赤になっているのがわかった。  その後、私はサービスを停止してもらうよう、何度も九条に電話をかけたが、九条が電話に出ることはなかった。   昼休み、会社の食堂でテレビを観ながら一人で昼食を摂っていると、画面の上部に「祝福!山田さん、お誕生日おめでとう!」というテロップが流れた。私は飲んでいた味噌汁を盛大に吹き出してしまい、近くに座っていた女子社員が悲鳴を上げた。どうやってテレビ番組にメッセージを流すことができたのかは、全くわからなかった。  昼を過ぎてからは、外から「山田さん!お誕生日おめでとう!」という声が繰り返し聞こえてきた。窓の外を見ると、徐行運転するミニバンの天井に、大きな拡声器が取り付けられていた。どうせタンクトップの誰かがミニバンを運転しているのだろう。  周りの仕事仲間は、誰も私にこの事態について詳細を聞いてこなかった。視線をこちらにはやるが、私と目が合いそうになったのを感じ取ると、途端に視線を逸した。「ヤバい奴と関わるのはよそう」という考えがありありと見て取れた。普段からコミュニケーションを取っておらず、どちらかというと私から皆を避けていたし、距離を取ろうとするあまり、冷たい言い方をすることもあったわけだが、私はそういったこれまでの自分の振る舞いを、激しく後悔した。明らかに私を中心に異常な事態が起きているのに、誰も私に話しかけてこない状況に、私は耐えられそうになかった。私が如何に嫌われていて、話しかけにくい人物なのか、ハッキリとわかってしまった。  こうして、心に幾重にも傷を負って、私は自宅に帰ってきたわけだ。夜に予約していたディナーは、キャンセルをした。どうせ九条の部下がぶち壊しにやって来るに違いない。それに、今は食べ物が喉を通りそうになかった。もしお腹が空いたら、適当にあるものを食べればよい。  私がソファに深くもたれ掛かってぐったりしていると、玄関のチャイムが鳴った。
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