Uber Birth

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 どうせあのタンクトップの連中だろう、と思い、私は全く動かなかった。すると、スマートフォンの着信音が鳴った。九条だ。 「山田様、今、お時間よろしいでしょうか」  私は何を言ってやろうかと考えた。朝からのことを思い出し、怒りに任せて言いたいことを言ってもよいな、とも思った。しかし、精神的な披露が溜まっていたため、怒鳴る気にもなれず、「何ですか」と、非常に情けない返答をしてしまった。 「実はですね、山田様の冷蔵庫の中に、バースデーケーキを入れておきましたので、また、お時間あるときに、お召し上がりください」  私は言葉が出なかった。怒りを感じているし、怒らないといけない場面だとわかっているが、怒るためのエネルギーが今の私にはなかった。ガス欠になった車 のような状態だった。  私は静かに言った。 「どうやって部屋入った」 「合鍵を作ったからです」 「うちの鍵持ってへんやろ。お前は泥棒か」 「いえ、探偵です」 「は?」 「探偵であり、別れさせ屋であり、まぁわかりやすく言えば何でも屋ですね」  九条は声のトーンを落とし、ゆっくりと話し始めた。 「今朝、モーニングコールをしたのは、あなたのスマートフォンが着信時に発する電波を拾って、現在位置を把握するためでした。ですから、あなたは私達を巻くために走っていましたが、まるで無意味だったんです。その後、あなたの会社のメールアドレスやテレビのテロップに誕生日メッセージを送信しました。あれは我々のハッキングスキルを使いやったことです。そして最後に、鍵がなくても、鍵穴があれば合鍵を作れるスキルを使い、ご自宅へ侵入させて頂きました」 「そうか」私は苦笑し、可能な限り声に怒気を含ませて、言った。  「何を『やって当然』みたいな言い方で言うとんねん。お前、客を怒らせて何が楽しいんや。俺以外の客も、どうせ皆キレてるやろ」 「いえ、お叱りを頂いたのは、山田様が初めてです」 「え?」 「このUber Birth、実は、かなり好評を頂いてます。職場でバースデーソングを歌った時は、最初は皆さんびっくりされますが、お客様の同僚の方々が状況を理解すると、もう一回歌いに来てくれと、おかわりを求められます。その後で、テレビにメッセージが流したり、ミニバンの拡声器から音声を流れてくると、たいていの職場では笑いが起きて、盛り上がります。山田様の職場には、笑いはなかったですか?」  いま九条が言った内容は、職場のメンバー同士の仲が良い場合の話しだ。私は、職場で人間関係を作って来なかった。 「何が言いたい」 「職場が盛り上がらなかったんですね」  私は口をつぐんだ。 「そうですか、それは非常に残念です。次、Uber Birthをお申し込みされるまでに、職場の方々に誕生日をお祝いしてもらえるよう、関係を作っておくとよいですよ」  私は、通話終了のボタンを押した。スマートフォンを机に置き、大きくため息をつく。  九条のやったことは迷惑行為でしかないし、犯罪でもある。しかし、もし私が職場でしっかりと人間関係を作っていれば、今日の結果は変わっていたのかもしれない。私のこれまでの生き方を否定されたようであるが、確かに、客観的に見て、あまりよい生き方をしてこなかった。  ソファでうなだれていると、スマートフォンの着信音が鳴った。知らない番号だ。 「はい、もしもし、山田です」 「隆か?」  年老いた女性の声だった。 「どなたですか?」 「私や、ミチヨ。お母さんや」  私は驚きのあまり、スマートフォンを落としそうになった。  大学を卒業し、今の会社に就職した後、私は両親と大喧嘩をし、その後いっさいの連絡を断っていた。  もともと両親とは考え方が合わず、言い争いが絶えなかったのだが、将来結婚をするつもりはないと告げたことで、大喧嘩に発展した。家を出る際、私は両親の電話番号を消し、私の電話番号も新しい番号に変えていた。 「なんで番号知ってんの」 「なんや、今朝、九条いう人から連絡があってな。あんたの番号と住所を教えてくれたんや」 「そうか」 「あんた、元気でやってんのかいな」 「まぁ、元気やわ」 「なんやあんた、連絡いっさい寄越さんと。ここだけの話やけど、あんたが出ていってから、お父さん元気無くしてしもたんやで」 「あぁ、そうか」 「あの後、お父さんと何度も話し合ったけど、あんたが結婚する気がないこと、あんたの人生やから、あんたの好きなように生きることを応援しよう言うてるんやで」 「え、そうなん?」 「そやから、いつでもいいから、一回帰っておいで」 「そうか、わかったわ」 「あと、九条いう人が、あんたに誕生日ケーキ渡しますか聞いてきたから、渡しといて言うといたわ。メッセージも指示しといたよ。ケーキもらったか?」 「さっきもろた」 「今日あんた誕生日やろ」 「そうや。覚えてたんや」 「当たり前やろ。誕生日、おめでとうさん」 「はいはい」 「はいはいちゃうわ、ほんまに。また帰って来なさいよ、わかった?」 「はいはい」  通話を切った。  私はよたよたと立ち上がり、冷蔵庫を開けた。白い箱が入っている。箱をテーブルに置いて開けみると、4号サイズの、イチゴのショートケーキが入っていた。  ケーキの上にはホワイトチョコレートの板が乗っている。  そこには「隆、誕生日おめでとう!」と書かれていた。
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