DV夫から逃げた私は優しいストーカー男を愛してしまった

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「え……?」 「あなたの家から怒鳴り声とガラスが割れる音が聞こえたので、大丈夫ですか?」 優しい人だな。外にまで罵声が聞こえていたなんて、近所でも評判悪いのかもしれないと思う。 「寒そうですね。よかったら、俺のパーカー羽織ってください」 「でも、見ず知らずのあなたに迷惑かけられないので」 知らない人に親し気にされても戸惑ってしまう。 「あなたのこと、知ってますよ。働いているコンビニでよく見かけているので」 「どこのコンビニですか?」 「以前は○○ビルの1階のコンビニに勤めていたんですが、今はこの近くの角を曲がったすぐのコンビニに勤めているので」 「あっ、見たことあると思いました」 思い出す。この少し影のある男、コンビニの店員だ。たしかに以前勤めていた会社のビルのコンビニにいたような気がする。 いたような気がするというくらい影が薄いので、ほとんど記憶にない。 自分の人生に無関係な人は思ったよりたくさん近くにいることを自覚する。 最近は、ちょっとした買い物は近くのコンビニで済ますので、この店員がいたことに気づいていなかったが、思い出すといたような気もする。 「この近くに住んでいる方ですか?」 「まあ、そうです。これから行くところあるんですか?」 「実は、財布もスマホも持ってこなくて」 「お友達の家は?」 「友達、いないんです」 自分で友達がいない宣言は、少し恥ずかしくなる。 「俺も、友達いないんで、わかります。よかったら、食事おごりますよ」 「え? いいんですか?」 まだ夕飯食べていないことを思い出す。 「まぁ、安い定食屋でよかったら。旦那さん、DVっていうのかな。大変ですね」 知らない人でも共感してもらえるのはうれしい。前髪が少し長めでストレートヘアーで目つきは優しい人のようだ。 年齢も同じくらいのような気がする。 「俺、影山真王っていいます」 「魔王?」 「親が本当は魔法の魔に王様の王をつけたかったらしいんだけど、役所から色々クレームつけられて、結局真実の真という字と王様の王っていう名前をあてたらしいんだ」 「珍しい名前ですね」 「この名前で結構苦労したんですよ。魔王なんてイメージ悪いからね。学生時代も今も、名前には苦労している。DQNな親を持つと苦労するよ」 まるで、この人、私の苦労を知っているかのような話し方をするな。同じ経験を持つ同士はそうそういない。 虐待で死んだ子供の名前も意外とかわいいことが多い。 つまり、生まれた時から虐待が始まっていたのかもしれない。 まおうとおにこ。境遇が似ている。 敬語を辞めて話してみよう。 「私、緒二子(おにこ)っていうの」 「おにこちゃんなんて珍しいね」 「一緒の緒と漢数字の二と子供の子でおにこって書くの」 「もしかして、鬼を連想させるから苦労したんじゃない?」 こくりとうなずいた。今まで、このことを話せる友人はいなかった。 ずっと抱えていたものを初めてあった人と共有した。 それは、とても嬉しい出来事だった。 いつのまにか真王は敬語を使わずに親し気だ。 でも、もう、どうでもいい。 さっき殺されそうになったんだから。 「俺たち縁があるのかもね。こんなところで偶然、悪魔の王と鬼の子が出会うなんてさ」 案内された古びた定食屋は価格が破格の値段で、ボリュームが凄い。 「コンビニの社員さんとか?」 かつ丼定食を食べながら話す。 「フリーターだよ。ただのバイト。この町で育ったんだ。高校卒業して、ずっとフリーター。将来性のない男には誰も興味ないだろうから、非リア満開」 意外と話してみると話しやすい人だ。 「私も、短大を出て、それから会社に勤めていたんだけど、結婚して、今は無職の主婦」 「短大出てるなんてすごいね」 「そうかな。今は大卒が多いから、そんなこと言われたことないなあ。会社は比較的大手だったけど、高学歴が多いし、いじめも多い職場だったの。だから、馴染めなくて辞めたいなって思ってたんだ」 「実は、緒二子さんの会社のコンビニに勤めていた時、いつも、暗い顔していたから、少しおまけしていたんだよ」 「そうだったの?」 「おでんとか、ソフトクリームなんかも少し多めにしてたんだけどね」 「気にかけてくれていたの?」 「名札、つけてたでしょ。何となく、親御さんがどんな人だったのか、どんな学生時代を送ってきたのかリアルにわかったからさ」 会社員時代、名札があった。たしかに、緒二子なんて珍しい。 真王にしたら、きっと親近感があったのかもしれない。 沢山食べた。久しぶりにご飯が美味しいと思えた。 「今晩、このまま帰宅しても大丈夫?」 「でも、どこに行ったらいいんだろう?」 「うちに来る?」 「はぁ?」 驚いて声がそれ以上でない。見ず知らずの男の家なんて危険極まりない。 でも、家に帰宅しても暴言暴力夫がいる。 どうすればいい? 警察に事情を話せば泊まる場所があるのだろうか。 「大丈夫だよ。俺は、ネットカフェに泊まるから」 「そんな、申し訳ないよ」 「ちゃんと貯金してるし、困った人を見捨てられないから」 この人、よくよく見ると、塩顔イケメンかもしれない。 前髪が長いけれど、ふとした瞬間カッコよく見える。いい人だ。 「鍵、渡しておくよ。俺のベッド使ってもらってかまわないし、好きに部屋を使ってね」 ドキドキしながら近所の彼の自宅に行く。 古い戸建てだった。一人暮らしらしい。 ちゃんと整頓されていて、古い部屋だけど、ちゃんとした人だとわかる。 服もブランドや高い服は身に着けていないけれど、意外と小綺麗だと気づく。 おしゃれじゃないけれど、普通よりはかっこいい感じの人。 「本当にいいの?」 「俺の服を使ってもいいよ。少し大きいかもしれないけれど、シャワーも使ってね。タオルはここにあるから」 なんていい人なんだろう。この人に裏があるわけない、彼は神様のようだった。
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