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第2章 村落で恋の予感
そんな風にしてわたしと彼、岩並誉くんは知り合いになった。
図らずもお互いうっかりがっちり、視線がかち合ってしまったので。そこから目を逸らして今さら素知らぬふりをするのもむしろかえって不自然だ。
それで何となくバスを待ちながら、ぼそぼそと自己紹介をし合う羽目になった。やはり彼は同じ学年で隣のクラスだった。道理で漠然とながら見覚えがあったわけだ。
「追浜さんは。…もしかして、本屋行ったの?その袋」
言われて自分の手許を見、それからようやく気がついた。…彼の手にも。同じデザインのビニールの袋が提げられている。
「あれ、岩並くんも?」
中身なに。とか訊かなきゃ大丈夫かな。と考えつつわたしも思わず訊き返す。彼はややはにかんだ顔つきで少しそれを持ち上げてみせた。
「うん。たまに買う雑誌があって。今日はそれを」
「ふぅん。村に本屋さんないもんね」
「うん。ついでに他の本も見られるし、ここまで来れば」
わたしと同じだ。
「わたしは、今月の文庫の新刊をチェックしたくて。欲しいものがこれって決まってる場合はAmazonでいいんだけど、何があるかなって漠然と見て回りたいときは。やっぱり店頭だなって」
「いいのあった?」
「うん。…好きな作家の新刊がいくつかあって。迷ったけど二冊、買っちゃった」
調子に乗ってつい、ごそごそと袋から出して中身を見せてしまう。日本のミステリ作家の新作と、前から読みたいと思ってた海外作家のハードカバーが文庫入りしたやつ。
彼はそれを確認して、ちょっと感心した声を出した。
「小説好きなんだね、追浜さん。なんかかっこいいな。俺なんか。最近は漫画ばっか増えて」
「漫画も好きだよ。少年、青年マンガばっかだけど、あんまりたくさんは買えないから。アプリのポイント貯めて頑張って読んでる。それでもやっぱりお金出してでも、好きなのは手許に欲しくなるよね」
「俺もだ。せっかちだから、読み始めてこれめっちゃ面白いってなったら。がーっと、まとめて一気に読みたくなっちゃう」
「学校の図書室だと。やっぱり漫画、あんま置いてないもんね」
話が弾んできたタイミングでバスがゆっくりと近づいてきて乗り場に停まった。そのまま乗り込んで、当たり前のように一番後ろの座席に並んで二人で座る。
発車したバスの座席の高さも揺れも何だか心地いい。遠足で仲良くなりたいと思ってた人と席が隣り合ったときみたいだ、って感じて自然と気分が上がってきた。
ちょっと迷ったけど、好きな漫画の題名を二つほど試しに挙げてみた。彼はそのうち片方は読んだことなかったけどもう一方は自分も読んでてすごく好き。と打ち明けてくれた。
「本当?よかった、あんま周りにいなかったんだあれ好きな人。結構売れてると思うのにな、高校生の年代には今いち訴求しないのかなぁと思ってた。…ねぇ、いいよね?もう少しで連載終わっちゃいそうで。実は内心どきどきしてるんだけど」
「いや、もうちょい続くんじゃないのさすがに。だってあの伏線。まだ回収終わってないしさ…」
あっという間に話が弾み出す。
わたしが若干コミュ障気味なせいなのかもしれないけど。これまでもっとずっと生徒数の多い学校にいても、好きな漫画のことでここまで突っ込んだ話ができる相手っていなかった。
たまたま、あの村からわざわざバスに揺られてちょっと周囲にこっそり気味に二人とも本屋に通ってた。って事実が露わになって、急激に親しみが沸いた状態。
そう考えると、今住んでる場所が僻地だからこその親近感だなあと思う。前住んでたところで、顔だけ知ってるよく知らない同じ学校の子と偶然本屋ですれ違っても。だからってあえて話しかけて好きな作家や漫画の題名、晒し合おうよとは思わないもん。
観光地に来たのか、と錯覚するくらい眺めのいい窓の外を流れていく景色を目の端で捉えながら、さらに好きな漫画や小説をいくつかお互いに披露し合う。わかるものもあれば初めて耳にする全然知らないものもあった。…この子も結構詳しい。
今度学校に持って行くから、最初の数巻を貸し合おう。と約束して、ちょっとだけ気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
「別に、言いたくなければ言わなくていいけど。…今日買ってた雑誌って、何?」
「別に。全然見せられないようなものじゃないよ」
むしろH系のものだと誤解されてたら困る。と言わんばかりに慌ててごそごそと袋から厚手の雑誌を取り出し、表紙をこちらに向けて見せてくれた。
「俺、子どもの頃から鉄道って好きで。村の近くには全然走ってないから、実物に触れる機会はほとんどないんだけど…。そんなの興味持ってもしょうがないだろ。って、親にも友達にも言われるんで」
つい反射的に隠しちゃった。と苦笑しながら、美しいカラー写真の載った印刷インクの匂いの新鮮な雑誌を開いてぱらぱらと中身を示した。
「しょうがなくはないよね。わかるよ、鉄道好きな人。普通に何処にでもいっぱいいると思う」
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