第1章 村へようこそ、新しい血

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村に来てから知り合った子はみんな、別にデリカシーないとかずかずか踏み込んでくるとかじゃないけど。普通に顔を合わせたらあれ、どうしたの?今から出かけるの?とか。 お互い名前とかは知らない同士でも、最近越して来た子だよね?自分も村に住んでるんだよろしく。とかまずは当たり前のように挨拶だけはしてくる。それがどうしても嫌ってことはないし、普通にこっちが受け応えすればそれで終わるのに。 つい以前街に住んでたときの癖で、うっすら顔見知りだけど共通する話題も会話する義理もない間柄の人を見かけたときの挙動でナチュラルにスルーしてしまった。だけど、それを察して自分の方もそれに合わせてくれたって対応が。何だか新鮮に思えた。 漠然と他の村の子たちとは何か違うところがあるのかなと想像したりして。いや、あの村にも百人単位で若い子がいるんだから。当然いろんな考え方や性格の人がいておかしくないけど。 これまでそこはかとなく、やっぱりみんな似た雰囲気やノリがあるなと思ってたから…。ちょっとくらいは毛色の違うタイプもいるのかな。たったこれだけのことで、考え過ぎか。 三十分以上単調に揺れる山道を登っては降りて、ようやくバスは山向こうの市街地に着いた。 運転席の後ろに座ってた彼は、振り向かずにさっと慣れた様子でバスを降りる。ある程度距離を置いた方がいいのかな。と余計な気を遣って、わたしは時間をかけてぐずぐずと料金を確認しつつ、ICカードをバッグから取り出してやや遅れて降車した。 知らない街に足を着けて降り立ったとき、もう既に彼の姿は見当たらなかった。 一人で買い物に来たのかな。それとも塾とか習い事にでも通ってるのか。何となく誰ともつるまずに単独で行動してる子を見るの、村では珍しい気がする。それとなくみんなの話を聞いてると、たまに用事があって街に赴くときも友達と一緒か、あるいは親に車を出してもらうこと普通みたいだったから。 欲しいものや必要があるとき、誰も誘わずにさっと一人で行動するなんて。何だか以前は見慣れてた街の子の挙動って感じだな、と胸の内で勝手に親しみを感じる。 少し迷ってから見つけ出した本屋は、すごく大きくもないけど想像してたほどしょぼくもない。普通に前に住んでた街の最寄りの書店くらいのまあまあの規模だった。 品揃えも案外悪くない。思ってたより漫画の棚も広いし、新刊もほどほどに揃ってた。 しばらく真新しい紙の匂いを吸い込みながら、久しぶりの本屋の空気と棚の眺めを満喫する。このレベルの書店がその気になればいつでも来られる場所にあるなら。高校卒業するまで何とかそれなりに暮らしていけそうだ。 会計を済ませてから店を出てぶらぶらと街全体を見て回り、村には存在しない懐かしいファストフード店に入って久々のジャンクフードを摂取した。 帰りのバスの本数を考えると、うっかり時間を過ごすとあとがやばい。またそのうち来ればいいから、と自分に言い聞かせて短い街ブラを切り上げてバス停へと急ぐ。…と。 「あ」 思わずごく僅かな呟きが喉から漏れた。 充分な距離があったはずだし、街のざわめきに紛れてその耳まで声が届いたとは思えない。 だけど何かの波動でも伝わったのかの如く、ほぼ同時と言っていいタイミングで弾むように顔を上げてまっすぐこっちを見たのは。 うろ覚えだったにも関わらず、確かにこの子だった。と何故かはっきり確信が持てた、さっき行きのバスで乗り合わせたあの少年の眼差しだった。
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